教育旅行の民泊受入地区広域ネットワーク化(鹿児島県南さつま市ほか)NPO法人エコ・リンク・アソシエーション|地域活性化100

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教育旅行の民泊受入地区広域ネットワーク化
NPO法人エコ・リンク・アソシエーション
鹿児島県南さつま市ほか

鹿児島県南さつま市ほかの地域の概要

南さつま市は、鹿児島県の薩摩半島南西端に位置する。市の海岸線は2つの異なる表情を持ち、北西部は日本三
大砂丘の1つに数えられる吹上浜の直線的な砂浜、また南西部(旧笠沙町~旧坊津町)にかけては美しいリアス
式海岸となっている。基幹産業は農業・漁業で、主な特産品は焼酎、そば、カボチャ、らっきょうなど。南九州の
周遊観光の主要スポットである鹿児島市、知覧、指宿などに隣接する。平成17年11月、加世田市・笠沙町・大
浦町・坊津町・金峰町の1市4町が合併。

取り組みの概要:教育旅行の民泊受入地区広域ネットワーク化

南さつま市は、2つの異なる地勢・自然環境(北部=砂丘・長大な砂浜と、南西部=リアス式海岸)を背景とし、
農漁業及び食品加工業を基幹産業とする地域であるが、近年担い手の高齢化などの要因により衰退傾向にある。
特定非営利活動(NPO)法人エコ・リンク・アソシエーション代表の下津氏は、加世田出身で実家がみかん農
家であるが、バブル崩壊後の1990年代半ば鹿児島でのギャラリー経営に一区切りがついたのを機に加世田に戻っ
た際、地元の農業の実態を目の当たりにし、農家が潤う事業に取り組めないかと考え始めた。ちょうどその頃、修
学旅行を中心とする民泊の教育旅行事業が全国各地で話題となっており、九州でも安心院などで新しいビジネスモ
デルが立ち上がりつつあった。
下津氏は、早速民泊を含む教育旅行の事例の情報を収集するとともに、地元の地域資源を積極的に見て回り、新
しい事業を模索した。鹿児島県の観光ルートは、鹿児島市内・知覧・指宿の三角形を中心に、霧島などを加えて人
が動く構造であり、南さつま市はそのルートからは外れていた。
隣接する鹿児島市には歴史・文化資源があり、知覧は特攻平和祈念館が平和学習の拠点として修学旅行の定番
ルートとなっていることから、南さつま市には大きな観光スポットは見られないが、すぐ近くに多くの観光客、特
に教育旅行の団体が来ていることから、地域の農漁業を中心に民泊受け入れ体制を整え、体験プログラムの造成を
行うことにより、これらの層を市内に呼び込むことは可能ではないかと考え、農漁業を基盤とする暮らしそのもの
を地域資源として活用するビジネスモデルを構築し、2001年にエコ・リンク・アソシエーションを設立した。
エコ・リンク・アソシエーションは、森・川・海の自然環境をテーマとするアートイベント等の活動を社会性の
高い非収益的事業として、教育旅行を収益事業の柱として設立されたが、教育旅行に関しては、設立当初より「ひ
とり10,000円×年間10,000人受入=1億円産業」を合い言葉に地元の受入体制の整備を進めていった。当初5年
は関西方面からの高校の修学旅行を中心に、受け入れ人数は5,000人程度まででとどまっていたが、7年目には目
標の受入数10,000人を達成し、NPO法人としても常勤スタッフを雇用できる状況となった。
地域の自然や暮らしそのものを資源として磨き上げ、体験プログラムや生業体験として提供することで、様々な経
済的、人間的な活性化につなげる取り組みは、『薩摩半島自然学校』として民泊型教育旅行や企業研修、また一般
の体験活動の受け入れを行っている。NPO法人の事業の取組は隣接市町村にとってもモデルとなり、鹿児島県の
条例制定を受けて、大隅半島を初め鹿児島県全体に教育旅行受け入れ事業が広がっていった。

インタビュー:下津公一郎氏(NPO法人エコ・リンク・アソシエーション)「地域資源を活かした教育旅行の立ち上げによる地域活性化」

地域資源を活かした教育旅行の立ち上げによる地域活性化
下津公一郎氏
NPO法人エコ・リンク・アソシエーション
鹿児島市内でギャラリーをやっていたのは15年前。自身も40歳も超え、経営状況が厳しくなり、田舎に帰る
決心をした。その時には帰って何をしようかは考えていなかった。地域づくりに関わってから、NPOを立ち上げ
てやっていけるなと確信をした。
田舎の両親がみかん農家をやっているので、何か農業の役に立ちたいとは思っていた。情報を集める中で、体験
型観光に注目したが、その中でも教育旅行(修学旅行)の受け入れが経済的な効果が大きく、農家でもやれそうだ
と考えた。修学旅行は300人などまとまった団体単位で数が読めることと、一人平均10000円を地域に落とすこ
と、しかも、1年先まで予約が入るので、事業が読める。年間10,000人受け入れると経済効果が1億円に成るので、
これを目標として設定した。
始めて5年目まではなかなか数が増えず、5,000人くらいまでだったが、子どもたちが「帰りたくない」と泣いたり、
帰ってからも2回3回と訪れる子どもも居る。受け入れ農家から「これは普通の事業じゃないよ、凄いよ」と励
まされた。6~7年立ったところで、10,000人を達成した。ここで余裕が出てきて常勤スタッフを雇えるまでになっ
た。新聞や雑誌で紹介されたことで、地元に人々の見方が変わってきたことも大きい。
NPOの成功を見て、隣接する鹿児島市と日置市がネットワークに入れてくださいと言ってきた。両行政には、「南
さつま市で同じ体制をつくってください」とお願いし、実現した話だ。薩摩川内市もその後に参加したが、体制づ
くりのノウハウはNPOから伝授した。
NPOは自分たちできちっと食べていける団体にしていきたくて、森・川・海の自然環境を手間とする事業は社
会活動分野の事業、教育旅行は収益事業の柱と決めて、4人は雇えると判断した。最初の4人には、普通の職場と
は違うので、NPOの考え方を理解して貰う必要があった。一番最初に「事業を大きくしていくも小さくなるのも、
君たちにかかっている。みんなで誰もやっていないことを実現していこうじゃないか」と話した。現在、常勤スタッ
フは7人に増えた。
学校によっては、修学旅行に来た子どもたちが、帰ってから文化祭で南さつまのことを紹介したり、学校によっ
ては物産展を開いたりする活動が広がっている。教育旅行をきっかけに、地域と学校(都市)との新しい関係が創
られてきている。良いつながりづくりができている。
教育旅行で来たメンバー3人が大学や社会人になってから来て、受け入れ先を訪ねるケースは多い。一人でぽ
つんと来て「楽しかった」「カルチャーショックだった」と、遠くに居る親戚みたいに、今でもメールでやりとり
が続いている受け入れ民家も多い。思いがずっと続いていく。