島を子供たちの心の拠り所に(沖縄県宮古島市)宮古島さるかの里|地域活性化100

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島を子供たちの心の拠り所に
宮古島さるかの里
沖縄県宮古島市

沖縄県宮古島市の地域の概要

宮古島は沖縄本島から南西約300km、東京から2000kmに位置する。人口は約54,000人、総面積は164平方
kmで沖縄本島の13分の1である。人口の大部分は平良(ひらら)港を中心とした平良地区に集中している。島
全体がおおむね平坦で広大なさとうきび畑が広がり、海岸線と白い砂浜、珊瑚礁の海中景観など豊かな自然に恵ま
れている。農業・観光業が主産業で、観光客は増加傾向にあり年間40万もの観光客が訪れる。一方、高校を卒業
したら島を出る子どもが多く、人口は減少傾向となっている。

取り組みの概要:島を子供たちの心の拠り所に

さるかの里では、修学旅行生を島の農家で受け入れる「民泊事
業」を行っている。子どもたちに農作業体験や海洋体験など、都
会では経験できないことを体験してもらうとともに、島の住民の
暖かさに触れ、都会とは違う人間関係に触れてもらうことを目的
としている。通常は一軒の農家で5名以内のグループを2泊程
度受け入れている。
宮古島の城辺町には東平安名崎という岬があり、観光名所とし
て知られているが、訪れる観光客はお金を落とさずにゴミだけを
落として帰ってしまっていたという問題があった。また、城辺地
区では地域の主要産業である農業が衰退し、後継者不足等の問題
があり、農業だけでは生計を立てられなくなっていた。
この事態を、なんとかならないかと考えていた際に、宮古島では
子供たちは高校卒業とともに島を出てしまうために、多くの農家
で「子ども部屋」が空いた状態になっていることに気付く。空い
た部屋に修学旅行生などの子供を泊めることができれば、農家の
収入にもつながると考えて、民泊事業を始めた。
当初、他人を家に入れたくない、毎食作るのは大変などの様々
な不安があり、協力してくれる農家は少なかった。しかし、実際
に民泊事業を始めてみると、受け入れをした農家が子供達を受け
入れることに魅力を感じて、ほかの農家を紹介してくれるように
なり、徐々に受入農家のネットワークは広がっていった。開始時
は30件程だけだった受入農家は、現在は約100件になっている。
宮古島の民泊事業では、受け入れ農家は子ども達を「お客さん」
ではなく、自分の子どものように接するように心がけている。怒
る時は怒り、注意する時は注意をする。最近の子ども達は叱られ
るという経験が少ないようで、自分の子どものように叱ってくれ
る農家の「お父さん・お母さん」の気持ちは子ども達にも
伝わっていることがこれまでの数多くの受入れからわかっ
た。最近では子ども達を受け入れることに生きがいを感じ
ている農家も多い。城辺町は高齢化が進んでいる地域で、
夜も9時を過ぎると灯りが少なくなる。しかし、修学旅行
生が来る時はいつもと違い、近所の「おじー・おばー」も
出てきて子供たちと話をする。地域の人達も子供たちに何
かしてあげたいという思いがあるので、老人会との交流会
をして昔の遊びを教えることもある。このように子ども達
を受け入れたことによって、地域に活気が出てきている。
農家の収入向上にもなっている。受け入れの多い農家で
は民泊の受け入れによる収入が、5か月間で150万程度と
なり、農家にとって収入源ともなっている。しかし、民泊
を本業にしてしまうと子ども達への接し方が変わってきて
しまう恐れがあるため、民泊はあくまで副業という位置づ
けとしてもらっている。

インタビュー:松原敬子氏(宮古島さるかの里代表)「島を子供たちの心の拠り所に」

島を子供たちの心の拠り所に
松原敬子氏
宮古島さるかの里代表
松原氏がこの事業を始めたきっかけの一つに、「子ども達の心の拠りどころを作ってあげたい」という想いがあっ
た。都会の子供たちは、ストレスなどが多い環境で生活をしている。どこかにおばあちゃんの家を作ってあげたい、
いつでも帰ってこられる場所を作りたいと思った。
これまで、子供たちを受け入れるなかで、多くの子ども達の変化を目にしてきた。例えば、子ども達の中には、
対面障害・アレルギーがある子、アスペルガーの子たちがいた。対面障害で人の顔を見ることができなくて、移動
するのに時間がかかる子がいたが、農家さんに受け入れられ、野菜の植え付けを農家さんと一緒にやってもらった
ことで、2日目の晩には家族の団らんの場に入って笑っていたという。それは、その子供にとっては大きな変化で
あり、民泊での農家との交流が子供の心の中に変化を起こした結果だろう。他にも、学校を休みがちだった子ども
が、民泊の後は学校に来るようになったこともあったという。
民泊がきっかけとなって、つながり続けるというのもこの事業の魅力である。農家が過去に受け入れた学校の
文化祭や運動会に自腹ででも行くことがあるという。そこまでする理由は、「自分の子供のように思っているから」
だそうだ。さらには、かつて民泊で宮古島を訪れた子どもたちが大人となり、自分の家族や子どもを連れて帰って
くることもあった。このように、たった数日の民泊ではあるが、子供達にとっては大きな経験となっている。
今後は、特に心のケアが必要な生徒や、身体に障害がある生徒にももっと来てほしいと考えている。そのために、
施設のバリアフリー化を進めるなどの、受け入れ態勢を整えていく。全ては、子供たち、地域のために行っている
民泊事業は外からは「感動事業」のように思われているが、実際に受け入れをする裏方はとても大変だ。けれども、
受け入れた子どもたちの笑顔や、受け入れ農家さんの「ありがとう」という言葉を思い出して頑張っている。