外部との「気楽な交流」で限界集落を存続(富山県富山市)NPO法人大長谷村づくり協議会|地域活性化100

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外部との「気楽な交流」で限界集落を存続
NPO法人大長谷村づくり協議会
富山県富山市

富山県富山市の地域の概要

大長谷地区は富山市中心部から車で1時間半ほどの県境の山間地。面積は約61㎢で八尾町の面積の25%を占め
ているが、ほとんどを山林が占めており集落と農地は大谷川沿いの標高400m〜500mの段丘地域に細長く点在
している。豪雪地帯で年間の130日以上を雪に閉ざされ平均の積雪量は2mにもなる。昭和35年には268世帯、
1,690人が生活していたが、その後急速に過疎化が進行して平成13年には48世帯95人にまで減少。今後、何も
対策を行わなければ5、6戸まで減少すると予想されている。高齢化率は56.8%にまでなっており、近年では集落
機能の維持、地域コミュニティーの維持が困難になっている。
主な産業な農業で水稲のほかにカブ、そば、山菜やキノコ類の栽培のほか、養鶏や畜産も行われていたが、農地
が狭小であるために再規模な営農は不可能で、さらに近年は営農者の高齢化によって耕作放棄地は増加し続けてい
る。また、林業も産業の柱であったが担い手の不足によって今はほとんど行われていない。かつては、現金収入を
得る副業として、炭焼き、紙漉き、養蚕等の伝統産業も行われていたが高度経済成長期を経て衰退し現在ではこれ
に携わる人もない。豊かな自然環境を生かしてキャンプ、ハイキング、渓流釣り、山菜採り、キノコ採りなどに訪
れる人は多く、町内にはキャンプ場や、体験学習施設「大長谷自然教室」があり自然体験学習等が行われているが
地域経済に影響をもたらすまでの規模にまではなっていない。

取り組みの概要:外部との「気楽な交流」で限界集落を存続

大長谷地区では古くから、自然の恵みを活かした自給自足の生活で、集落も親族が分家する形で徐々に形成され
て集落内で助け合う生活が長く続いていた。昭和40年頃からは冬を迎えるごとに住民の離村が相次ぎ、集落内に「取
り残されたら生きていけない」という空気が充満し、地滑り的な人口減少が始まった。昭和50年代に入ると郵便
局や農協が撤退、昭和58年には地域の小学校も廃校となった。そうした中で、当時高校を卒業して村に戻った村
上氏がキノコや山菜を加工する加工場、和牛飼育や山荘の経営を始めた。
昭和62年頃からは自治振興会を就寝に廃村を危惧する機運が高まり、空き家や空き地を利用した定住促進の取
り組みも行われるようになり当時13組が移住をした。けれども地域の移住者受け入れに対する姿勢は必ずしも積
極的なものではなく長期的な定住に結びつけるのは困難であった。
急激に進む過疎への打開策が見えない中、平成15年には地域活性化委員会を設立し、地域の未来について議論
が交わされ、大長谷の豊かな自然環境や農業、農村文化などの地域資源を活用した都市農村交流事業を行うことで、
地域の活性化をすることになる。
これを受けて、平成17年には「大長谷村づくり協議会」を設立、村上氏はじめ村内のメンバー(理事8人、監
事1人、会員8人)が集まり活動を開始した。協議会のメンバー自身がよく知っている地域の山などを案内して山菜・
キノコ採り、自然体験などをするプログラムを年間通して提供。年間行事予定表を送付するなど積極的な広報活動
も行い徐々に大長谷村のファンを作っていった。
そうした中で、大きな動きとなったのが平成22年の
「ながたん農援隊」の設立である。
それまでのプログラムを提供して完結する観光産業的
なものではなく、都市部の住民が大長谷のメンバーにな
るような仕組みをつくったのがこの「ながたん農援隊」
であった。「農援隊」は農作業や、山菜・キノコ収穫等
の集落の営みを、好きな時間にきて、好きな仕事をして
助けるという仕組みで、無理なく楽しんで続けることが
可能になっている。また、作業の報酬は支払われないが
返礼として収穫期には収穫物が送られる仕組みになって
いる。これまでの体験プログラムでは難しかった集落民
との人間関係も形成されるようになり、徐々にメンバー
が増加、平成25年には1,000名を超えるボランティア
が大長谷村を訪れている。
「農援隊」は単なるボランティア農作業の人材バンク
ではない。その裏には参加者に安全に楽しんでもらうた
めの工夫がなされており、山に入るときには山を熟知し
た地域住民が必ず同行し、連絡体制や設備の充実に努め
ている。ながたん農援隊が行っている取り組みは年中を
通して行われており、毎回多くの参加者がある。例えば、
「山菜教室(山菜に詳しい地域住民が山菜について教え
る教室。30名が参加)」「春を食する会(春の食材を用
いた食事会。5名が参加)」「山菜祭り(150名が参加)」「富
山帰農塾(農業の体験教室。平成19年からで133人が
参加)」「キノコ教室(35名が参加)」「かんじきハイク(雪
山をかんじきを履いて歩く体験。15名が参加)」など。
平成23年からはより魅力的なプログラム開発を目指
して「モニターツアー」を実施。集落で運営可能かつ参
加者に喜んでもらうことができるツアーの内容を、実際
に客を呼び込んで検討する努力を続けている。今後も、
大長谷の挑戦は続いている。
今後は地区に伝わる伝統文化を継承すべく「炭焼きの
復活」「漬物文化の継承」を目指して動き出しているほか、
地域産品のブランド化や加工品製造を開始している。
大長谷は、長く集落の人のつながりによって支えられ
てきたが、地区の社会的機能が失われてしまった現在で
は定住の促進等は困難である。かつて無理に進めた移住
施策は失敗に終わり、人口増加にまでは至らなかったけ
れども、今では定住までには至らなくとも、大長谷の自
然環境に魅力を感じてくれ、集落民と価値観の共有がで
きる外部の人々との「気楽な交流」が生まれている。
肩に力を入れず、やれることからやっていくことで集落
を存続させていく。

インタビュー:村上光進氏(理事長/NPO法人大長谷村づくり協議会)

NPO法人大長谷村づくり協議会
理事長
村上光進氏