日本の田舎をステキに変える!「創造的過疎」の町(徳島県神山町)NPO法人グリーンバレー|地域活性化100

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日本の田舎をステキに変える!「創造的過疎」の町
NPO法人グリーンバレー
徳島県神山町

徳島県神山町の地域の概要

徳島県東部の名西郡(神山町・石井町)にあり、町の中央を東西に横断する鮎喰川上中流域に農地と集落が点在。約
83%は300~1,500m級の山々に囲まれている。年平均気温は14℃前後、年間降水量は2,100mm前後。季節によって寒
暖の差が大きく、地区によっては冬に数センチの積雪もある。産業面では、果実生産が盛んであり、スダチは徳島県内の生
産量の24%を占め、日本一。1999年から町内有志によって芸術家を招へいする「神山アーティスト・イン・レジデンス」
を開始。近年はIT企業のサテライトオフィス進出もあり、2011年には神山町誕生の1955年以来初めて社会動態人口が増
加に転じた。(神山町WEB、Wikipediaより抜粋)。人口:6,038人(平成22年国勢調査)(1970年13,588人)65歳以上
人口:2,801人(46%)総世帯数:2,582世帯徳島市からは車で45分。

取り組みの概要:日本の田舎をステキに変える!「創造的過疎」の町

1992年、アメリカから贈られた「青い目の人形」を
通じた国際交流を行う地元有志団体「神山町国際交流協
会」の活動がきっかけとなって生まれた。当初は「環境」
と「芸術」という二つのテーマによる町づくりを掲げて
開始。1998年には日本で初めて、地域の道路を地域事
業者等が清掃管理する「アドプトプログラム」を開始。
1999年からは国内外の芸術家を町に招聘し、町に滞在
して作品をつくる取組み「神山アーティスト・イン・レ
ジデンス」を開始し、今年で16回目を迎えた。この取
組みがきっかけでアーティストの移住者が徐々に増えて
きたことを受けて、2007年からは神山町から「移住促
進支援センター」の委託を受け移住者の受け入れ事業(空
き家再生、商店街再生、移住交流支援センターの運営等)
を行っている。
2010年からは町内の空き家を改装して都市部のIT
企業等のサテライトオフィスとして貸し出す「サテライ
トオフィス事業」を開始、2014年現在IT企業等約10
社が入居している。さらには雇用保険を持たない若者が
職業訓練を行い就職につなげる場として「神山塾」を開
設。2010年からこれまでに5期66名が修了しており、
そのうちの4割がサテライトオフィス入居企業に雇用
されるなど神山町に残る。
「日本の田舎をステキに変える!」をコンセプトに、
現在ではアート事業(神山アーティスト・イン・レジデ
ンス等)、移住促進・地域再生(棚田再生、空き家再生、
商店街再生、田舎暮らし古民家物件不動産に関する
情報提供等、サテライトオフィス、農下村塾)までを幅
広く行っている。

インタビュー:大南信也氏(NPO法人グリーンバレー理事長)「日本の中山間地域へ」

日本の中山間地域へ
大南信也氏
NPO法人グリーンバレー理事長
▼1997年に徳島県の「徳島国際文化村」事業をきっかけに「環境」「芸術」の二つを柱にまちづくりをしていくことを決めた。
まずは「環境」への取組みとして1998年からは「アドプトプログラム」というアメリカ発祥の道路清掃プログラムを日本
で初めて取り入れた。道路を一定区間ごとに区切って、そこを地元企業等が行政に代わって清掃をする仕組みである。「芸術」
への取組みとしては1999年から「神山アーティストインレジデンス」として、国内外からアーティストを招き、神山町に
滞在しながら作品を作って残してもらう取り組みを行った。この取り組みがきっかけで、アーティストの移住者が少しづつ
増加したため移住者支援を行うことになった。現在は「移住促進支援センター」の運営を受託し、神山町の情報発信から、
移住者のための空き家紹介まで幅広く支援を行う。さらには「神山町の将来のためになる若者を移住してほしい」という想
いから、2010年には「サテライトオフィス事業」を開始。同時に求職者支援制度を利用したプログラムとして雇用保険を持っ
ていない若者を神山町に集めて6ヶ月間の職業訓練を行い、若者の雇用機会を創出する「神山塾」を開設。これまでに5期
66人が修了しており、そのうちの4割がサテライトオフィスの企業に雇用されるなどして神山町に残るなど地域の若年層
人口増加に寄与している。最初は「環境」「アート」という二つの柱で始めた活動だったが、そこからその都度の地域の要求や、
課題に対応して様々な事業が派生し、それらが徐々にリンクしている。
▼これまでは地域のことにしても、行政が行って住民が従う形だった。行政と住民がもっと並列な関係で、住民が主体的に
まちのことを考えられる姿を目指していた。当初はアート事業も文化庁・県・町の補助金等で運営していたが、常に「自分
たちが主体でつくっていく」ということは大事にしていた。「神山のリーダーシップは特異ですね。」と言われるという。多
くの場合、リーダーシップとは「一人のリーダーが引っ張っていく」ものか、「リーダーが最後尾にいてハンドリングして
組織を動かしていく」ものであるが、神山の「リーダーシップ」はいくつかのプロジェクトが同時進行で動いていく中で、時々
に最適なリーダーが浮き上がってきてチームを引っ張る。という「浮遊するシーダーシップ」と言える形態をとっている。
▼全国に数あるアートの町おこしでは、有名なアート作品を地域に配置し、それを見に来る観光客の増加を狙うというのが
一般的である。けれども神山町には資金がなかったことに加え、町にアートの専門家がいなかったため「アート作品」その
ものを町に呼ぶのではなく、「アーティスト自身」をターゲットにすることにし「日本で制作をするなら神山!」というポ
ジションを目指した。これが「アーティストインレジデンス」の発端である。この考え方は空き家を利用した移住施策「ワー
クインレジデンス」にも活かされ「仕事を持った人」に移住してもらう事を目指した。神山の「ワークインレジデンス」で
は物件に職種を紐付け(例:この物件はパン屋さんをやる人にだけ貸す)など、今地域が求めている職種や、将来地域が必
要とする職種やを意識的に呼び込む事を行ってきた。空き家や店舗を単に貸すだけでなく「どういう人を呼びたいか」明確
にして「マッチング」をすることで可能になる新たな可能性に気づいた。「ワークインレジデンス」はまさに町をデザイン
している。
▼グリーンバレーが注目され始めたのは、マスコミへの露出をし始めた数年前だが、町としては25年以上の時間を費やし
てゆっくりと変化してきている。「25年前、グリーンバレーと町の人々は同じ電車に乗った。緩やかに動いているが、あく
までもグリーンバレーと地元住民は同じ電車に乗っている関係はずっと変化していない。」
▼「日本の中山間は農林業に固執するのではなく、中山間地域でも多様な人々が働く事ができるという場所を作る事で、バ
ランスをとることが大事なのではないか。そうすることで、中山間地域でも飲食業などのサービス産業も成り立つし、結果
としてそこで使う食材を地域から調達するなどの形で一次産業が復活する。今までと方向性を変えた形でもう一度、根幹に
ある農林水産業を見直す必要があるという。
▼観光客誘致を地域でよく見られるのは、地域の人が外の人に対して「来てください」とお願いしている様子。大南氏は上
下関係をつくらず「フラット」な関係であるべきと言う。ワークインレジデンスの入居企業第一号である企業が来るとき、
大南氏がその社長に話したのは「もし(神山町で)上手く行かなかったら無理をして残る必要はない」という話だった。神
山町にサテライトオフィスを開くにあたって、グリーンバレーは物件探しから各方面の調整まで様々なことをする。それに
対して企業側が「お世話になった」という気持ちを持つのは致し方ないことであるが、大南氏は「それを恩に感じる必要は
ない。うまく行かなかったときに素直に言えない関係は良くない」という。町に来る企業が「地域貢献」をしようと思うの
ではなく、「本業」をしっかりとできることが重要であり、地方でも事業が出来ることを証明することが出来れば、神山に
限らず日本の各地方における「モデル」になることができる。そのためにそのために、貸し借りの関係がないフラットな関
係を築くことが大切であり、「お願い」をして来ていただいたとしても長い目で見てうまくいかない。