「ファン」から必要とされ続ける村づくり(愛知県豊根村)豊根村|地域活性化100

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「ファン」から必要とされ続ける村づくり
豊根村
愛知県豊根村

愛知県豊根村の地域の概要

豊根村は、愛知県・長野県・静岡県の県境に位置しており、平成17年に日本一小さい村(離島を除く)富山村
と合併。村の93%を森林が占めており農地は3%程度。一時は林業従事者を中心に5,000人を超える人口があっ
たが、現在は1,300人にまで減少した。1955年、佐久間ダムの建設によって村(当時は富山村)中心部が水没し、
村人口の1/3が村を離れた。さらに1972年には「新豊根ダム」が建設されて約100世帯が水没。その後も人口流
出が続いており2010年には1,336人にまで減少した。村内に2つの小中学校があるが、高等学校はないため、高
校進学の為には他市町村に下宿をする生徒が多い。
村内の主産業は林業・農業だが農地の面積が限られているため、殆どが兼業農家として多品種少量栽培を行う。
村内に民間事業者はほとんどなく、バス、病院も村営で行っている。また、全国でも数少ない民間金融機関がない
村(ゆうちょ銀行派出所のみ)。テレビ放送も村がケーブルを引いており、村民も一部費用を負担する。財政は非
常に厳しく歳入の約54%を地方交付税、国・県支出金で賄う。交通アクセスは愛知県豊橋市から車で約80Km。

取り組みの概要:「ファン」から必要とされ続ける村づくり

豊根村では昭和56年から都市部の小学生を村内農家に宿泊させて、自然体験等を行う山村生活体験宿泊を行っ
ていたが、受入農家の高齢化等によって存続が厳しくなり15年間ほどで休止となってしまった。その後の平成8
年、国土庁(当時)の「UIJターン促進事業(平成8〜9年)」をきっかけに大学生インターンの受け入れを開始。
大学生が約2週間、村内で生活して農林業体験や民泊を通して地域住民との交流を深める取り組みを始めた。こ
の事業は2年間で休止となってしまったが、その後も全国各地でこの事業に参加した学生が中心となり「地域づ
くりインターンの会」を結成。各地へのインターン派遣を続けた。豊根村も独自企画による「とよね地域づくりイ
ンターン事業」によって学生を受け入れ、学生と村役場・住民有志との関係継続を続け、10年間で53名がインター
ン生として豊根村を訪れた。
一方でこうした個人単位の学生受け入れは、準備や滞在期間中のケアなど農家個人や集落単位への負担も大きく、
高齢化が進む村内では受け入れの方法について見直す必要が出ていた。それに伴い、これまでの「学生個人単位」
の受け入れから、村の自然環境や生活環境そのものを研究フィールドとして打ち出すことによる「大学単位(研究
室単位)」にシフトし、滞在準備や滞在期間中のマネジメントの大部分を大学側(研究室側)に任せることで村民
の負担を減らすことにした。平成21年からは愛知県内の3大学との連携による受け入れを行っている。愛知県立
大学が「山間地域小規模高齢化集落での「暮らし」「健康」「環境」に関する総合研究」として農業体験イベントの
運営補助等を行っている。名古屋市立大学では「健康、医療」分野で、医療系学部連携チームによる地域参加型学
習として、高齢者の訪問診断・健康データ分析等を行い、豊橋技術科学大学では主に村の「暮らし」の部分に着目
して小規模集落対策としての出身者交流会の企画運営、拠点小屋づくり等を行っている。
豊根村の取り組みで注目すべきなのは、学生時代にインターンで豊根村を訪れたOBOGを中心に「とよねサポー
ターズ(とよね地域づくりインターンOBOG会)」(約30名)が結成されている点にある。この「サポーターズ」
は、村に興味を持つ学生の掘り起こしや事前学習の補助、活動報告会や反省会の開催運営、活動後の村とのパイプ
役、定期的な交流会の開催等、「インターンの先輩」としての補助に加え、メーリングリストやSNS等を利用した
村の情報発信・情報交換、関係大学との連携、各地
の団体、NPOとのネットワーク、地域の人々の語
りを記録する口述史の作成等も行っている。
さらには、インターン参加時は学生だったが、就
職後も各々の立場から積極的に村に貢献をしている
点も特徴的である。例として、豊根村における定住
促進施設建設計画への参画、ホームページ作成等の
情報発信、豊根村PR雑誌等の作成、林業現場に関
するプロモーション映像の作成など、卒業後のそ
れぞれの立場や職能を生かして村に貢献を続けてい
る。他にも、村民が上京した際の交流や、村民が村
外へ出向いた際の逆ホームステイ、花祭りや盆踊り
などの地域イベントにOBOGが来村して運営を手
伝うなど様々な関係を生んでいる。
豊根村では、他にも豊根村出身者や、その子や孫
を対象とした「ふるさと村民」制度を創設し、村外
にいる村民との関係の再構築にも取り組み始めてい
る。村そのものの人口は少なくとも、外からの人を
積極的に受け入れ、「親戚付き合いのような関係」
を継続することで、「豊根村ファン」を増やすとい
う一つの集落存続のモデルである。

インタビュー:青山幸一氏(豊根村役場地域振興課長)「豊根村が必要とされ続けることが出来れば、豊根村は持続することが出来る」

豊根村が必要とされ続けることが出来れば、豊根村は持続することが出来る
青山幸一氏
豊根村役場地域振興課長
全国の中山間地域で定住促進や人口増加を目指しているが、そうした地域には何百人もが移住して来られるよう
なキャパシティーはない。そうした中、豊根村のような小さな村が存在価値をどう示していくことができるのかを
見せる必要がある。
消滅可能性集落が問題になっているが、(豊根村も)統計学的にいえば消滅可能性集落だ。しかし、そこに住ん
でいる人口だけでとらえるのではなく、「豊根ファンを作りたい」と言ってきたように、例えば都会の人にとって
の「第二のふるさと」として緩やかにでもつながり続けるような、広い意味で多くの人から「豊根村が必要とされ
続ける」ことが出来れば、豊根村は持続することが出来る。人口は少なくなっても、応援する人がそれ以上に居れ
ば消滅しないで済むのではないかと思う。
高度経済成長期に最初の世代が都市に出て、今の若い世代は、その次世代であり「故郷を持たない世代」である。
そうした若者が田舎に来ると、一人一人を大事にしてくれるという田舎の良さに感動するのだという。都市にはな
いものが田舎には残っている。変わらない風景が残っている。血縁関係ではない第二のふるさとと言える場が提供
できれば良いと思う。今後も、決して派手なことは出来ないと思う。けれども「豊根に行くと安心するね」という
人が増えればいいなと思う。