子供からお年寄りまでみんな一緒に「富山型」デイサービス(富山県富山市)NPO法人このゆびとーまれ|地域活性化100

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子供からお年寄りまでみんな一緒に「富山型」デイサービス
NPO法人このゆびとーまれ
富山県富山市

富山県富山市の地域の概要

富山市は平成17年の市町村合併により7市町村が合併し、1,200㎢となり全国の都道府県庁所在地中では2番
目の広さという広大な市となった。年平均の降雪量は3mを超える豪雪地帯である。人口は約42万人(平成22
年国勢調査)。65歳以上の高齢者人口は平成12年には約8万人であったが、平成22年には10万人を超えており、
急速に高齢化が進んでいる。一方で、特別養護老人ホームの整備状況は全国と比較しても比較高い水準にある。また、
高齢化社会に対応した街づくりにも早くから取り組み、平成14年ごろから「コンパクトなまちづくり」を提唱し、
ライトレール(次世代型路面電車)など、市街地の公共交通を整備。車が移動手段であることが多い地方都市にお
いて、車の運転をしない高齢者でも移動しやすい街づくりを行ってきた。

取り組みの概要:子供からお年寄りまでみんな一緒に「富山型」デイサービス

一般的なデイケア施設や、グループホームなどの福祉施設は、幼児、高齢者、障害の有無や種類等によってそれ
ぞれの別の施設を利用するが、富山市にある「このゆびとーまれ」のデイサービス施設では、乳幼児から高齢者な
どのすべての世代に加え、健常者も障害者も、皆が隔てなく利用することができる。様々な年齢や状態の人々がお
互いに支え合いながら、一つ屋根の下で生活をしている。この形態は「富山型デイサービス」と呼ばれており、富
山市の「このゆびとーまれ」から始まり、今では全国に広がっている。
デイケア施設「このゆびとーまれ」は平成5年、富山県内で初の民間デイサービスとして開所した。
きっかけは、当時、富山赤十字病院で看護師をして働いており、現在は「NPO法人このゆびとーまれ」の代表
を務めている惣万氏ら3人の看護師が、当時の高齢者福祉の現状に疑問を感じ、高齢者が活き活きと生活するこ
とができる介護を実現するためにの活動を始めたことだった。
惣万氏は看護師だったころ、高齢者が入院生活の中で「家に帰りたい」「畳の上で死にたい」と涙を流す姿を多
く見てきたという。しかし、当時の老人ホームの多くは、高齢者が活き活きと生活をすることができる環境とは程
遠く、高齢者にとっても居心地が良い場所とは言い難い状況であった。また、当時は現在のように、在宅している
高齢者に対して、家族による介護ができない日中などに通所介護を提供する「デイケアサービス」は一般的ではな
かったため、高齢者在宅看護においては家族にとっても非常に大きな負担となっていた。
当時のこうした病院や介護施設の状況を見てきた惣万氏らは、高齢者がもっと生き生きと生活することができる
福祉施設とサービスの必要性を感じた。さらには、デイケアサービスによって、介護を行っている高齢者などの家
族負担を少しでも軽減する、地域密着の福祉サービスの必要性も感じていた。
こうした、問題を解決するため、惣万氏は同僚の看護師2人とそれぞれの退職金を出し合って、設立の資金を確保。
当時、富山県内でも初となる民間デイケア施設「このゆびとまーれ」を開設した。また、この施設では、高齢者、子供、
障害者というそれぞれの年齢や状態に関わらず、いろいろな人がひとつ屋根の下で暮らし、それぞれに触発し合う
ことで、活き活きと暮らすことができる場所を目指した。
しかし、開始当時の運営は厳しいものであった。一つの施設で、高齢者だけでなく介護を必要としている全ての
人を対象としたため、当時の制度上では、対象となる補助制度がなく、補助金等の支援を受けることができなかっ
たのだ。
さらに、当時は介護保険制度がなかったために、施設を利用するためには1日あたり2,500円(食事代別途)の
利用料を利用者が全額負担する必要があった。そのために、介護を必要として毎日施設に通ってくる利用者にとっ
てはその積み重ねが大きな経済的負担となっていた。こうした事情もあり、開所した頃は1日に2名程度の利用
しかなく、その後は徐々に利用者が増加したものの、施設経営は赤字が続いていた。
この時、取り組みを支えたのは、これを報じたマスコミ報道と、それを見た全国の人々からの寄付であった。当
時、まだ珍しかった民間デイケアサービスであり、かつ、多様な年齢の人が一緒に生活をしていた施設は、新聞や
テレビによって報道された。同時に、こうした報道によって施設経営の厳しい状況も全国に伝わり、それを見た全
国の人々からの寄付が相次いだのだった。中には、学生が施設を訪れ、おこずかいの中から寄付をしたいと申し出
てくれたこともあったという。こうした出来事を経て、惣万氏らは改めてこの施設を守っていこうという想いを強
くしたという。
そして平成10年には全国に先駆けて富山県が動いた。県は高齢者施設と障害者施設というこれまでの制度の枠
組みを打ち破って、「このゆびとーまれ」に対して年間360万円の補助を行ったのだ。この富山県の動きが、後に
全国に広がっていくこの仕組みが「富山方式」と呼ばれきっかけとなった。
さらに、平成11年、「このゆびとーまれ」は富山県で初のNPO法人格を取得した。当時、平成9年に制定され
た「介護保険法」に基づいた「介護保険制度」が、翌年の平成12年から始まることが決まっていた。組織化によっ
て介護保険制度の利用資格を得ることで、利用者の金銭的負担を軽減するためであった。平成12年からは介護保
険制度が適用されたことで、利用料は1日あたり約1,300円となり、利用者数も増加した。
現在、高齢者や障害者が通所する「デイサービス」は2軒になり、乳幼児から高齢者、障害者まで様々な人が
一つ屋根の下で生活をしている。平成16年には、宿泊を伴った「ショートステイ」にも対応する「このゆびとー
まれ茶屋」を開所し、家族に代わって数日間の介護をしている。他にも主に認知症高齢者を対象とした「グループ
ホーム」も開設した(1ヶ月の生活費は120,000円程度。家賃、食費、光熱費等込み)。
平成25年からは「就労継続支援B型事業」である「はたらくわ」の取り組みも始めている。
この事業は、通常の事業所で働くことが困難な障害者に対して、働く機会や場所の提供や支援を行うための事業で
ある。このゆびとーまれでは、当施設に限らず「富山型デイサービス」を行っている事業所で働いている障害者に
対して、職員が定期的に巡回をすることで就労の支援をするというものである。今や、富山型のデイサービスを行
う事業所は、県内のいたるところにあり、そうした施設で障害者の就労を受け入れる体制ができれば、障害者の雇
用機会は大幅に広がることとなる。この背景には、富山県が「とやま地域共生型福祉推進特区」に認定されたこと
で、障害者の福祉的就労が可能になったことがある。
平成15年には富山県が当時の構造改革特区を利用して、「富山型デイサービス推進特区」の認定を受けたこと
で「富山型デイサービス」はさらに大きく広がった。富山県も施設の整備などのハード面から、新規の富山型デイ
サービスによる起業を促進する「富山型デイサービス起業家育成講座」や、職員研修などの様々な補助や事業を展
開しており、県をあげてバックアップをする。
このゆびとーまれの施設では、子供たちがお年寄りと一緒に遊ぶ姿などが見られ、明るい笑い声が絶えない。介
護施設というよりも大家族の家にお邪魔したようなにぎやかさであった。

インタビュー:惣万佳代子氏(代表/NPO法人このゆびとーまれ)

NPO法人このゆびとーまれ
代表
惣万佳代子氏