地域活性化のマーケティング

地域活性化のマーケティング

青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科 教授
宮副 謙司(みやぞえ けんし)
1980 年九州大学法学部卒業。1980 〜 1992 年西武百貨店。1997 〜 2004 年プライスウォーターハウスコンサ
ルタント(現在 IBM コンサルティング)。2004 〜 2005 年アビームコンサルティング。2006 〜 2008 年名古屋
商科大学。2009 年より青山学院大学。現在に至る。日本マーケティング学会(理事)、日本商業学会、組織学会、
経営情報学会、地域活性学会。主な著書は『地域活性化マーケティング』『青山企業のマーケティング戦略』『全
国百貨店の店舗戦略 2011』など。専門分野は流通論、小売業態論(百貨店論)、地域活性化マーケティング論、ファッ
ションリテイリング論。経済学博士(2006 年東京大学)、MBA(1996 年慶應義塾大学)。
【青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科 シリーズ②】
地域活性化のマーケティング
—地域価値を創る・高めるためにやるべきこと—
Point
❶ 話題づくりは本来の地域活性化ではない。その地域の本質的な生活の豊かさを目指して長期的な視
点で構想するべきである。
❷ 地域にあるさまざまな地域資源の中から着眼・編集し地域価値を創造する。そして、その価値を伝
達し提供する仕組みづくりが重要である。
❸ 米国ポートランドの事例にあるように産官学がそれぞれの地域活性化の役割を認識し、互いに連携
し、地域住民の自己実現が可能となる環境を創っていくことが求められる。
地域活性化は、人口減少期に入った日本の市場
において内需を掘り起こすために重要テーマのひ
とつとなっている。しかしながら地域活性化の現
実的な取り組みを見ると、商店街をテーマパーク
のように改装した環境演出や、いわゆる「B 級グ
ルメ」の開発、年に 1 度程度開催する一過性のイ
ベント、「ゆるキャラ」の活用などが多い。地域活
性化とは、そのような表面的で一過性の話題づく
りではなく、その地域における生活を本質的に豊
かにし、それが継続的に行われ定着化されるもの
であるべきだろうと考える。
一般的に地域活性化とは、次のような要素を高
い状態にすることと捉えられている。すなわち、
①経済効果(お金を生み出す)=生産額・消費額・
雇用創出数・設備投資額、②集客効果(人が来る・
にぎわう)=イベント集客数・観光客数、③評判
効果(人に薦める)=消費者認知・評価・イメージ、
テレビ・雑誌等の情報発信量、④定住効果(人が
住む)=居住人口などである。そのいずれか、あ
るいは全てが地域活性化指標として一応の整理が
できる。
1.地域活性化をマーケティングの立場から捉
えてみる
本質的で持続的な地域活性化の実現、その取り
組みの手掛かりとして、価値の創造・伝達・提供
の仕組みをテーマとするマーケティング論の立場
で捉えると理解しやすい。すなわち、地域が持つ
資源に着眼し、価値のあるものに編集(構成、関
連付け、調整など)して、その価値を消費者など
に確実に伝達し、モノを届けたり体験をさせたり
して価値を実現するという捉え方である。その視
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点に立ち各地の地域活性化事例を見てみる。
第一に商品からの地域活性化の例として、「中川
政七商店」(奈良市)がある。高級麻織物「奈良晒
(ざらし)」の老舗(1716 年創業)で、伝統素材を
現代的なデザイン・用途に活かす製品を開発 ・製
造・販売している伝統工芸の製造小売業であり、
地元企業や異業種との協業で取扱商品を和雑貨へ
拡大し、そのショップを全国の駅ビルなどに出店
している。最近では、豊岡鞄(兵庫県豊岡市)、五
泉ニット(新潟県五泉市)など各地の伝統工芸の
製造・販売のコンサルティングにも事業拡大して
いる。
ここでは、地域資源から今の時代にマッチした
活性化の種を見いだし、新しい意味づけや編集を
通じ「モノの地域ブランド化」が行われていると
見ることができる。
さらに菓子店「たねや」(滋賀県近江八幡市)や
「六花亭」(北海道帯広市)では商品の地域ブラン
ド化に加え、店舗環境を演出した観光型店舗の開
発(たねや「日牟礼の里」・六花亭「中札内美術村」)、
さらに地域での原材料の確保(農園運営)、雇用の
確保と人材育成、地域の文化発信や研究の場の提
供など文化貢献している。両社の例では、テーマ
パーク型環境演出ではなく、根本的に地域資源か
ら活性化の種を見いだし、新しい意味づけから資
源を編集し空間・環境を創造する「地域のブラン
ド化」に取り組んでいると見ることができる。
「地域のブランド化」とは、モノの地域ブランド
化よりも広い意味で、自然環境や歴史・文化など
の地域資源も含めて編集し地域全体の特徴づけ・
独自性を明確にするものである。そして、その付
加価値により、市場での認知を高め、商品選択・
観光集客などに効果を上げるとともに、その地域
においても住民の地元意識を高め、事業者間連携
を促進させるのである。
プロモーション・イベントの事例としては
「SASEBO 時旅」(長崎県佐世保市)を挙げるこ
とができる。佐世保市では以前から地域が自分た
ちの持つ観光資源を活かして自ら企画する「着地
型観光」ツアーに市内各所で取り組んできた。そ
れを一つのブランドで集積・編集し、一過性の広
域集客型イベントでなく、日常的・継続的に地域
に人を呼び込み、地域の人々の活動を活発化させ
ている。すなわち地元ガイド人材の登録ネット
ワーク化、その人材養成プログラムの開発と定着
化推進などである。ツアー機会を提供し受け入れ
に協力する企業・団体も増え、住民の意識や団体
の参画も高まっている。
消費者とのチャネルの事例では金箔製品メー
カーの「箔座」(金沢)が注目される。東京・日本
橋に一般消費者向けのアンテナショップを開設し、
その出店を契機に日本橋の食材や菓子の老舗専門
店との協働機会を得て、現代的デザインでの日常
用途を含む新商品を開発し一般消費者への金箔の
認知を広めている。
2.地域活性化のマーケティングモデルの導出
このような事例研究を通じて、地域活性化の定
義をあらためて確認し、地域活性化を継続的に運
営する「地域活性化のマーケティングモデル」を
導出した。
創る
伝える
宣伝・PR
提供する
販売・サービス
地域資源
知る
買う
得る
地域価値
価値の作り手
-地域活性化の担い手
(地域の人々、企業、行政、団体等)
-地域の住民・企業・団体
-他地域の消費者・企業等
価値の受け手
資材・材料、知識、場、資金、人材など
(教える)
(公開する)
(学ぶ)
(体験する)
(発表する) (観る)
-地理
-歴史
-自然
-産業
-文化 地域ブランド・
イベント・ツアー
環境・活動など
コミュ
ニティ
共感
する
社会的資源
(参画する)
(支援する)
(協働する)
(投資する)
着眼
編集(企画)
(教える)
(公開する)
(学ぶ)
(体験する)
(発表する)
図表 1 地域活性化のマーケティングモデル
出所:宮副謙司作成(2016)
地域活性化は、まず地域資源に着眼し、地域の
個性・価値に編集し(価値の創造)、その価値を伝
達・提供する。そして継続的に共鳴・共感を得る
発信の仕組みも重要であり、価値を受け入れる(購
入する・観光訪問する)顧客だけでなく、取り組
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みの参画・支援者(企画・技術・資金などの提供)
を増やし発展させていく活動ということになる。
このモデルは地域活性化のあるべき姿を明らか
に示すものであり、取り組み目標ともなり進捗段
階の評価にも適用できるだろう。さらに、より本
質的で継続的な地域活性化の取り組みに向け示唆
が可能になる
すなわち、第一に、地域活性化は、「価値の創造」
(地域のブランド化の実現)にとどまらず「価値の
伝達・提供」まで目標として取り組むべきである。
第二に、「価値の伝達」はマス向け認知向上型の
情報発信から進んで、消費者の共感を呼び、思いを
残すような体験や参画型とすることが求められる。
そして第三に、そのような取り組み全体を俯瞰
するコーディネーター機能が必要であり、地域活
性化の担い手として民間企業、地方行政あるいは
NPO などが考えられるが、それぞれを連携させる
ことが求められる。
第四に、地域活性化の目標(あるいは評価)も、
従来の経済効果ではくくれない新しい指標、例え
ば社会に与える定性的指標(地域住民の行動・意
識や生活満足度の変化など)も考慮するべきでは
ないか。少なくとも短期的な経済的目標でなく、
中長期的な目標を掲げる必要があるのではないか
と考える。
3.米国ポートランドの取り組み事例
このような取り組みの先行事例として、米国オ
レゴン州ポートランド市が挙げられる。同市は、
人口約 60 万人(周辺都市を含めた都市圏人口約
220 万人)を有するオレゴン州最大の都市である
が、近年、全米で住みたい街のランキングで上位
となっている街である。日本でも地域活性化の先
進事例として注目され 2016 年 2 月には内閣府主
催「環境未来都市フォーラム」が同市で開催された。
ポートランドの地域資源
現在のポートランドの地域活性化を支えている
地域資源として、筆者は次の四つの資源に着眼す
る。
第一に、ポートランド市および周辺で展開され
る農業、例えば小麦・野菜・花卉を栽培する農場
やワイナリーなどである。その新鮮でオーガニッ
クな食材はファーマーズマーケット(市場)やスー
パーマーケットで販売され、多種のパンやビール
とともに、レストランの一流シェフによって料理
として提供される。
第二に、地域住民の「ないものは自分で創る」
気質や「創るならベストのものを」というこだわ
りや独創的な発想でのものづくりの風土は、アク
セサリー工芸から革物バッグやシューズの製造な
ど「クラフトマンシップ」として現在に生きている。
第三は、都市と自然のバランスのとれた生活環
境である。ポートランドは、米国北西部地域の有
力都市として人口も多く、産業、教育、文化、交
通が充実し都市の生活利便性が十分にある。同時
に都市に近接して手近な場所に森林・川・湖など
の自然環境がある。
第四に、都市再開発の機会である。ポートラン
ドでは、かつては工場や倉庫地域だったパール地
区を先進の街に変貌させた都市リノベーションが
世界から注目されるきっかけとなった。そして同
市各所で都市再開発や建物のリノベーションが継
続されており、有力な建築設計家、デザイナー、
クリエイターなど優秀な人材がポートランドに集
まり、その実力を発揮する機会となっている。
ポートランドで創造される地域価値
ポートランドに滞在し現地で感じるその地域価
値を整理してみると、以下の四つの「生活スタイ
ル」にまとめられる。すなわち、①食と農:オー
ガニックなものや作り手が分かる食材を調理し家
族や仲間と一緒に心地よく食べる、②ものづくり
と趣味こだわり:自分らしい生活を送るためにも
のを創り趣味を楽しむ、③スポーツと健康:都市
にいながら自然を楽しみ健康的なスポーツを行い、
④環境重視とエコロジー:環境に優しく配慮した
生活スタイルである。それらをまとめて一言で言
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い換えるなら、「知的で健康的で自分らしいこだわ
りのある生活スタイル」いうことができる。ポー
トランドには、シアトルのタワーや、サンフラン
シスコの橋のような有名な観光名所はない、代表
的な特産品もない。しかしこのように「生活スタ
イル」が地域価値になっていることが、それにあ
こがれる人々を引きつけ、一度訪問しよう、何度
も滞在してみよう、さらに移住してみようと地域
活性化に発展していっているものと考察される。
①食と農
②ものづくりと趣味
こだわり
③スポーツと健康
④環境重視と
エコロジー
地域価値=生活スタイル
・豊かな農産
・ものづくり
こだわりの風土
と人材
・都市と自然の
バランスのとれた
生活環境
・都市再開発の
機会
知的・健康的で
自分らしい
こだわりのある
生活スタイル
地域資源
図表 2 ポートランドの地域資源と地域価値
出所:宮副謙司作成(2016)
価値の伝達と提供の特徴
ポートランド市に特徴的なことは、第一にコ
ミュニティーの形成である。自転車・アウトドア
などスポーツ、アート・音楽、オーガニックな食
などさまざまな趣味や価値観を共有する仲間コ
ミュニティーが形成され、それらを通じて地域価
値が伝達され共有され高められている。活動する
市民、団体、企業は、それぞれその活動を活発に
情報発信し、多くの人に体験・参画・協働しても
らうように仕掛けている。
そのコミュニケーション手法は、SNS などばか
りでなく、「ジン」と言われる小冊子のパーソナル
メディアや直接集い合うことで交流を深め、さま
ざまな形で行われている。子供たちへ向けた「食
育」などはイベントプロモーションというよりも
教育に近い社会貢献活動となっている。
また月別のアート・音楽・食・スポーツなどに
関する大規模なイベントから、「ファーストサーズ
デイ」(毎月第 1 木曜のイベント)、「ファーマーズ
マーケット」(月曜・水曜・土曜に開催)まで月・週・
曜日単位で体系的に設計された定期的なイベント
開催でさまざまな目的の観光客を呼び込んでいる。
4.実現要因
ではポートランドのこのような地域活性化の活
発化はどのような要因で実現されているのだろう。
第一には、ポートランドという街が、人々が交
流し共感しやすいコミュニティーの都市規模にあ
る点である。人々はさまざまな分野の専門家(プ
ロの市民)と簡単に出会い交流でき、自らの才能
を発揮できる機会がある。ポートランドでは日本
のような地縁のコミュニティーでなく、活動のビ
ジョンや価値観に共鳴するつながりが多く見られ
るのである。またコンパクトな都市規模のため、
都心から住宅地へそして郊外へもおおよそ 30 分
以内で移動できる。そのため通勤時間はわずかで
済み、その分、余暇や趣味を楽しみ将来に向けた
準備に使える自由時間も確保できる。
第二に行政の役割である。同市では市開発局な
ど行政が長期的な戦略を策定し、開発業者・建築
デザイン企業・広告代理店・文化団体などを巻き
込み、地域活性化のリーダーシップを発揮してい
る。具体的施策としては、①「都市成長境界線」
を設定し開発可能地域を規定、②自然環境と先端
的技術を活かした環境に優しい「グリーンシティー
戦略」、③公共交通機関でのダウンタウンと郊外の
回遊の促進、④同時に、地域の農家・芸術家や新
興起業家の活動機会、市場機会を与えて育成し、
住民の地元意識も高める地域活性化施策を展開し
ている。
ポートランドはこのような生活スタイルを地域
価値とする街だということを行政も民間企業も住
民も NPO 活動団体も、それぞれが活発に発信し
ている。その結果、他の地域からも多くの人々が
自己実現を期待しポートランドに移住してくる。
ポートランドの人々は地域活性化を志して動いて
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いるのではなく、自己実現をこの地で見いだしそ
れを実践しているだけである。それがまさにポー
トランドの地域活性化につながっているのである。
日本の地域では、移住者が少なく以前からの住
民が圧倒的に多い。この点は、日本の地域とポー
トランドとの決定的な違いである。日本では地域
活性化へ向け、住民が「外部の視点」をもって地
域資源に着眼し、それらを企画・編集し地域価値
を生み出そうと幾度となく唱えられているが、そ
の困難さが日本の地域活性化の固有課題かもしれ
ない。
それでも日本の地域は、そうした現実を超えて
少しでも良い方向に地域活性化を進めていかなく
てはならない。それにはポートランドのように、
地域の人々が、地元の生活を豊かにする生活スタ
イルを明確化し、そこで自己実現ができる機会と
場をいかに創造していくかを考える。これが本質
的な地域活性化として日本の地域に求められてい
る。
【参考文献】
1)宮副謙司(2014)『地域活性化マーケティング – 地域
価値を創る・高める方法論』同友館。
2)宮副謙司・内海里香(2016)「地域活性化マーケティ
ング視点でみるポートランドの現状とその評価」『マー
ケティングカンファレンス 2016 予稿集』日本マーケ
ティング学会。
3)吹田良平(2010)『グリーンネイバーフッド』繊研新
聞社。
4)百木俊乃(2016)『緑あふれる自由都市 – ポートランド』
イカロス出版。
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