独自商品開発等の多角経営で漁協再建(沖縄県読谷村)読谷村漁業協同組合|地域活性化100

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独自商品開発等の多角経営で漁協再建
読谷村漁業協同組合
沖縄県読谷村

沖縄県読谷村の地域の概要

読谷村は、沖縄本島中部の西側にあり、那覇市から北に 28km。東シナ海に突き出た半島状の形状をしており、
沖縄本島の幹線道路である国道 58 号が本村を縦断している。平成 26 年に岩手県の滝沢村が市制施行により滝沢
市となったことに伴って、読谷村は人口の多さで日本一の村となり、平成 22 年時点の人口は約 38,200 人である。
自然や風土、歴史、地域資源を生かしたまちづくりを推進している。

取り組みの概要:独自商品開発等の多角経営で漁協再建

読谷村漁港は、5 トン未満の漁船を使用する沿岸漁業が主体である。年間の漁業生産量は約 160 トン、金額で
は約 1 億円。県内最大の定置網があり、その定置網からの水揚げが 70%を占めている。ただ、以前は漁獲量が増
加すると値段が下落し、なかなか収益は安定しなかった。さらに、借金などによって漁協自体の経営も厳しい状況
となっていた。
借金返済に向け、漁港のメンバーだけで商品開発や販売をしたが、売り上げは芳しくなく、漁協の経営改善には
つながらなかった。収益向上のために期待していた魚類の養殖も、途中での稚魚の死亡や網が破れてしまうなどの
問題が続き、思うような成果を上げられず、経営をさらに圧迫してしまった。そこで、経費が掛からない事業を始
めようということで始めたのが「あおさ」の養殖だった。
販売先も決まらない中でスタートさせたあおさの養殖事業であったが、生活協同組合コープおきなわから全量買
い取りの申し出を受け、ここから販売業者である「コープおきなわ」との付き合いが始まる。その後、従来までは
大量に収穫された魚(ムロアジ)は、鮮魚として販売する以外はマグロの餌として使っていたが、コープおきなわ
からの提案で、ムロアジを使った商品開発をスタートさせた。読谷漁港、読谷村役場、コープおきなわ、株式会社
ホクガンなどが協働してムロアジ商品化に向けての商品開発を行い、平成 19 年には「骨まで食べられる マース煮」
として販売を開始。沖縄県庁で記者会見を行うなど広報にも力を入れたところ、1 週間で 3000 パックが完売した。
さらに、那覇市内の学校給食で人気があるといわれている「もずく丼」を、読谷漁港、読谷村役場、コープおき
なわ、沖縄ハム総合食品株式会社が共同で商品化。平成 20 年から販売をスタートさせたところ、最初に製造した
15,000 パックは 1 カ月半で完売し、その後も売り上げは順調に伸びている。
冷凍食品は月間 2000 パック売れれば大ヒットと言われる中、平成 20 年 2 月から販売した「もずく丼」は、最
初に製造した 15,000 パックを 1 カ月半で完売した。当初年は年間 10 万パック売り上げ、その後も売り上げは順
調で 5 年間で 50 万パック、1 億円を売り上げる商品となっている。県外への販路も拡大し、現在は、県外での売
上が約 6 割を占めている。そのほかにも、漁協では漁港内での食堂経営や、ジンベイザメを飼育してダイビング、シュ
ノーケリングで見学できる事業などの多角的な事業展開を進めている。漁協の本来の業務である鮮魚の取り扱いに
加え、様々な主体との協力を得ながら、付加価値のある商品開発に積極的に取り組み、成功したことで、現在は漁
港の経営は安定しており、新たな事業展開に向けた計画をスタートさせるまでになった。

インタビュー:前田 晃 氏 読谷村漁業協同組合

成功の要因は信頼関係の構築
前田 晃 氏
読谷村漁業協同組合
漁港が独自に商品を開発していた時代について、「値段やパッケージも含めて自分たちの思い込みで商品を作って
いた」と反省する一方、その後の成功要因としては「連携して、1 ~ 3 次産業の各々の長所を取り入れていったこと
で完成度の高いものになったのではないか」と関係団体が信頼関係を持ちながら協力して取り組んでいった点を挙げ
た。
海人の方々も商品開発に好意的になっていったという。大量時は買いたたかれ、安値でしか売れないなど、騙され
ることが多かったことから、このような取り組みに対しても、「警戒心も強く、疑心暗鬼の面もあったと思う」と前
田さんは海人の心情を思いやる。ただ、実際に売れて、利益が出てくるようになると、海人のみなさんも応援してく
れるようになり、販売なども手伝ってくれるようになっていったという。「個々がばらばらにやるよりも、一つになっ
て販促までやれば大きな力になる」ことを実感したと語る。
商品開発の過程における読谷村役場の協力も大きかったという。商品開発の打ち合わせのための会議室提供だけで
なく、実際の開発会議や商品販売にも積極的に参加した。また、話をするのが苦手な海人の方々からもとことん話し
合って、信頼関係を築き、本音を聞き出し、それを周りに伝える役割も担ってくれたという。
さらに、バックアップがあったとこで信頼度も向上。漁港だけでは相手にされなかった企業が、「行政と一緒だと
受け入れてくれた。企業の信頼度が違う」と村役場の全面的な協力も、商品の大ヒットにつながった。地域における
商品開発における役所(行政)の役割の重要性を力説する。
商品開発だけでなく様々な取り組みを進めていた。沖縄美ら海水族館の協力を得ながら、ジンベイザメの養殖もお
こない、ジンベイザメとのダイビング体験などのサービスも提供している。HP の周知や体験者の口コミが広がり現
在では年間約 6000 人が訪れるまでになっている。
また、平成 4 年にスタートさせた鮮魚直売店も、8 年ほど前に設置した食事ができる「いゆの店 海人食堂」が好評で、
年間売り上げも 1200 万円(平成 4 年)が現在は約 1 億円に達する。もちろん、「海人自慢のもずく丼」も食べるこ
とができる。
現在は、次世代へのバトンタッチも見据えながらの取り組みも重要になってきている。そのひとつが職場体験の受
け入れだ。「企業は人が育たなければ継続できない。伝えることしかできないが、伝えることで、つながっていけば
いいと思う」と話す。実際、職場体験した生徒から定置網の乗組員になった者も出ているという。さらに、人材育成
だけでなく、老朽化した施設のリニューアルも検討している。「ハード面をしっかりさせれば、バトンタッチできる
のではないか。沖縄にはない複合施設を作りたい」と希望を語る。水産加工商品の販売、ジンベイザメとのダイビン
グ体験、お土産品売り場などが一体となった複合施設の建設を考えているという。人材育成と施設整備というソフト、
ハードの整備が次世代への継承にとって重要なテーマとなっている。