「青いレモン」による島づくり(愛媛県上島町)株式会社いわぎ物産センター|地域活性化100

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「青いレモン」による島づくり
株式会社いわぎ物産センター
愛媛県上島町

愛媛県上島町の地域の概要

上島町は愛媛県の北東部、広島県との境に位置し、瀬戸内海のほぼ中央に浮かぶ 18 の島々により構成される町で、平成
16 年に越智郡の弓削町・生名村・岩城村・魚島村が合併して誕生した。岩城島の交通は、広島県福山市因島または本島のす
ぐ北に位置する生口島との海路交通が主で、因島などの近隣の造船関連産業の立地から、造船業が主産業となっている。昭和
60 年頃から、レモンを特産品として売り出していこうという動きが始まり、旧岩城村の第 3 セクターとして株式会社いわぎ
物産センターが設立され、国産の鮮度の良さを全面に押し出し、「青いレモンの島」としての村おこしがはじまり、現在にお
いても “ レモン ” を核にした地域おこしに取り組んでいる。

取り組みの概要:「青いレモン」による島づくり

株式会社いわぎ物産センターは、昭和 60 年に旧岩城村の第 3 セクターとして設立された。平成の大合併で 4 市町村が合併
し上島町となり、現在は上島町の第 3 セクターとして、町の宣伝、レモンを中心とした販売、またその加工品の開発・製造
販売を行っている。加えて、岩城島の港で喫茶店と特産品を販売する売店の経営を行っている。核になる事業は生レモンの販
売が中心で、次いでは外見不良のレモンを搾汁し業務用の果汁販売となる。
会社設立のきっかけは、もともと瀬戸内海の島ではみかん栽培が盛んであったが、日本全土でのみかん生産で物価が下落し
たのがきっかけで産物の切り替えを行政と農家と協議して行うこととなり、その際「レモンで村おこしができないか」とあっ
たのが発端である。瀬戸内海は比較的温暖で雨も少なくレモン栽培に適していたが、「それだけではインパクトに欠ける」と
のことから「青いレモン(黄色くないレモン)」の販売を画策した。当時、レモンは海外から青い状態で輸入した後エチレン
ガスで熟成し防腐剤を加工していたが、そのプロセスがなくとも首都圏においしいレモンを届けられる・青いレモンでも使え
ることを知ってもらうという狙いがあった。そして「青いレモンの島」として村おこしが始まった。青いレモンは熟していな
いイメージがどうしてもあるが、「採りたて、もぎたて」という新鮮であるというバロメーターとして「青い」との表現を使っ
ている。黄色いものに比べると香りが強く、果汁はより酸っぱい。鮮度の違いがとても顕著で、海外輸入だと消費者まで 1 ヶ
月近くかかるが、「青いレモン」は収穫の翌日に日本国内であればどこにでも届くという点が売りとなる。「青いレモン」は
10 月から 12 月までの約 3 ヶ月しか収穫できず、その後、熟すことで黄色くはなるため黄色のレモンも販売している。
取り組みを始めた初期は、苗木を配り栽培してもらえるようにしていたが、皆、半信半疑といった感じがあった、みかん栽
培とノウハウが異なるためアナウンスをしっかりと行ったり、「青いレモン」で出荷できるイベントに出店したりするなどを
繰り返すことで、徐々に農家がついてきてくれた。最初は、外見のいいレモンのみを首都圏の物産展へ持って行ったが売れ残
りも多かった。当初はレモンを通信販売することで、個人の顧客には徐々に売れ始めていたが、それに伴い農家からも販売網
を増やして欲しいと要望が多く上がり、事業者向け販売を始めたのが大きい。販売には袋詰めで陳列する様にし、既存の販売
コーナーでの区別化を行った。商品説明などの情報を載せる事によって、生産地が明瞭化できた。
パッケージ化するのは 10 年以上前になるが、当時の村は既に赤字が続いており、袋詰めをするのには先攻投資する必要が
あり、博打のような感覚もあった。デザインの段階でパッケージ見本を東京のデパートに持って行き検証した際に「これなら
売れる」という反応を得ることができ、販売に至った。当時はパッケージの作成費用だけでも 30 万円近くの投資することとなっ
たが、デパートでの売り上げは良く、初めは 1 店舗のみだった販売が、20 店舗近くあった残りのグループ店舗にも広がった。
産地の表示やパッケージデザインは発売当時から地域情報が地図つきで載っており、安心安全を謳った。デザインは中身が時
期によりレモンが黄色くなっていくことと、それを踏まえパッケージ文字がどちらでも見やすい様にデザインされた。パッケー
ジにすることで販売単価も上昇した。裸の輸入レモンが 98 円で販売されていたが、袋詰めにすることで 298 円(2 個入)で
販売することが出来た。現在は、変動はあるが 398 円で販売するに至っている。
現在では販路が広がり、全体での売上は生レモンだけで 4,000 万円ほどになる。初期の PR 販売段階で上物のレモンのみを
販売していたが、農家の要望もあり、傷があるものも販売出来ないか模索することとなった。そこで搾汁を販売することに
なるが、試作の段階で、搾ったレモン果汁をテイスティングでは「おいしい、これなら売れる」となった。レモンの搾汁の
作業工程では、まず皮を剥いてから搾ることになるし、搾ったあとは搾りかすがでる。作業工程で出たものが、次の商品の
アイデアの材料になった。レモンの搾りかすにはペクチンという物質が豊富に含まれておりレモンジャムが出来るし、皮は
レモンピールを入れればマーマレードになる、そこから出来た商品がレモンマーマレードとして販売になった。そこから派
生して特産品としてレモンケーキなどができた。商品開発は社員が中心にアイデアを出したり、お客様からのリクエストで
作られたりすることもある。社員はレモン農家を兼業している方が大変多く、レモン販売をしていくうちに顧客から提案さ
れてコラボするという流れが多い。やはり一人一人だけでは出来ないことも多いため、顧客とのつながりの中で、色々なア
イテムや商品が生まれているという所感がある。
現在はお菓子や焼き菓子も自社で製造するようになった。このような加工品の売り上げは、5,000 万ほどで、青果物より
多い売上に至っている。また、レモン果汁の搾りかす全てがジャムに出来る訳ではない。地元の養豚業者の協力で餌にまぜ
食べさせたところ、餌になりそうことがわかるとともに、レモンを食べさせた豚の調子もよいとのことだった。養豚業者に
持ち込んだ搾りかすを餌として、排泄物を肥料としてといった島の中での循環農業が出来る様になった。もともと美味しかっ
たというものあるが、脂がおいしいレモンポークが出来上がった。養豚業者は 1 軒だけだが現在は島の人口より多い 3,000
頭が飼育されている。自社での通信販売もしているが、各スーパーやサービスエリアの特産メニューとしての販売経路を確
保している。イベントなどでは「レモンポーク丼」をつくったりしている。
現在の従業員数は、工場と売店に、正社員 4 名、パート 16 名の合計 20 名である。社員は島の人で男性 3 名、女性 17 名
である。加工品の工場ができてから従業員が徐々に増加している。また、現在のレモン栽培の農家は 14 〜 5 軒で。上記の
ような取り組みにより、農家の収入面は安定しているといえるが、高齢化などで確実にレモン栽培に携わる人数は減ってい
る。生産量も横ばいないし減少傾向にある。行政としては定住促進で農業を進め、2 ~ 3 人のIターン・Uターンにつながっ
ている。

インタビュー:大本 孝則 氏(株式会社いわぎ物産センター センター長)「ひとつの強み、ストーリーを出すことがブランドにつながっていく」

ひとつの強み、ストーリーを出すことがブランドにつながっていく
大本 孝則 氏
株式会社いわぎ物産センター センター長
一次産業の振興があってこその 6 次産業化が大切である。「青いレモン」にあっては、取り組み開始当初は、レモンの販
売のウェイトを置いていた。その時期は、農家の人達に「作れば売れますよ!」という感じで協力を仰いでいたが、今は生
産者の年齢等を考え、生産者数を増やすことで、生産量を増やすことに向けて取り組もうと考えている。そのため、地元愛
媛の大学などで農業関係の専科があるので連携して何かを取り組もうと考えている。百貨店への売り込みは青いレモン 1 つ
だけだった。物産展などでも人気のところは強みをもつアイテムが 1 つか 2 つと少ない。種類があっても大まかなコンセ
プトやストーリーは一つにして売り出している。いわぎ物産センターも、「生のレモン」、次いでレモン果汁、レモン加工品
とつながっており、一つひとつの強み、ストーリーを打ち出すことが、ブランド力につながっていく。この春に新卒社員が
内定している。新しい職員の力を活用し、大学などとの連携を、生産などで農家の手助けになればと考えている。また、I ター
ン・Uターンなどの町の施策に関しても、いわぎ物産センターとして協力して、現実的な問題点を一つひとつクリアしてい
きたい。