まちの「新しい食文化」を創り出す(北海道富良野市)富良野オムカレー推進協議会|地域活性化100

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まちの「新しい食文化」を創り出す
富良野オムカレー推進協議会
北海道富良野市

北海道富良野市の地域の概要

北海道のほぼ中心にある富良野市。人口は約 23,000 人で、基幹産業は農業と観光である。観光では、ラベンダー・丘陵地
などの景観やスキー(富良野スキー場)、80 年代に放送が始まったドラマ「北の国から」の影響もあり、平成 14 年のピーク
時は年間約 250 万人の観光客が訪れていたが、近年では「北の国から」を知らない世代も増えたため、これに続く観光資源
の開発が課題になっている。また、農業では、国内有数の野菜産地としてタマネギ、ニンジン、ジャガイモなど多彩な野菜が
生産されているほか、その産物を活かしたワインやチーズなどの加工品も多数ある。

取り組みの概要:まちの「新しい食文化」を創り出す

富良野オムカレー推進協議会では、地域の飲食店 12 店舗のほか、地元農家や高校生などを巻き込み、富良野産食材を利用
した「富良野オムカレー」( 以下、「オムカレー」と言う ) を開発し、市の新しい観光資源に育てようと活動を行っている。オ
ムカレーは市内の協議会加盟店のほか、各種イベントなどで提供しており、平成 18 年 3 月に誕生後、平成 25 年 10 月に約 7
年半で累計 50 万食を売り上げるまでに成長した。
きっかけは、平成 14 年、富良野市役所の若手職員らが、市の観光産業に対する将来に不安を抱き、道内の農業と観光の連
携による先進地を視察したことである。これをきっかけに、基幹産業である農業と観光を結びつけるキーワードの「食」に着
眼し、職員有志らが集まって「食のトライアングル(農・商・消)研究会」を発足。日常の職務とは別に、勤務後や休日の時
間を利用して、「食」による地域活性化についてアイデアを出し合った。その中で、「食」によるまちおこしは抽象的なので、
富良野地域の農畜産物を十分に活かすことができる「カレー」をご当地グルメとして売り込もうという話になった。今では全
国各地でご当地グルメが誕生し、食によるまちおこしが盛んであるが、当時は今ほど活発ではなかった時代である(第 1 回 B
−1グランプリは平成 18 年)。「まるごと富良野を華麗(カレー)に食べよう!」をキャッチコピーに、カレーを提供してい
る市内の飲食店に呼びかけ、「ふらのカレンジャーズ」(以下、「カレンジャーズ」)と称して、カレーパーティーやスタンプラ
リーなどの各種イベントを開催し、カレーによるまちおこしに取り組んだ。平成 16 年からは、同研究会が市内にある富良野
緑峰高校園芸科学科の女子生徒を「ふらのカレンジャー娘」(以下、「カレンジャー娘」)に任命し、各種イベントでカレーの
PR や地元食材を活かしたカレーを開発しスーパーで試食提供など授業の一環として取り組んだ。
盛り上がりを見せたカレーのまちおこしだったが、3 年目を迎えた頃には陰りが見え始めた。その原因には、地元食材を活
かしたカレーによるまちおこしは、どの市町村でも取り組めることが可能で差別化や独自性を打ち出すことが難しく活動もマ
ンネリ化してきた。さらに追い討ちをかけて地産地消を掲げてカレーを PR していたにも関わらず、賛同店の中には地産地消
に対する意識の低い店もあり、地元食材を活かしたカレーによるまちおこしに対する研究会とカレンジャーズの意識のブレが
生じた。こうした中、活動を一旦「リセット」する。平成 17 年、研究会は「富良野カレーブランドづくりフォーラム」を開
催し、市外から観光情報誌の編集長やホテルの料理長から提案や意見をもらいながら、カレーによるまちおこしの方向性を模
索した。その中で平成 18 年に誕生したのが、オムライスとカレー組み合わせた「オムカレー」だった。オムカレーでは、過
去の反省を生かして、地元食材と提供スタイルにこだわるなどルールを定め明文化した。使用する米、たまご、野菜、肉など
に富良野産や北海道産を使うことを定め、特産品であるチーズ(バター)もしくはワインを使うことを条文に入れるなど、食
による地域ブランド化を目指すこととした。
オムカレー誕生時は市内飲食店 8 店舗で提供がはじまり、開始直後に観光情報誌で大きく特集されたことで、最初のゴー
ルデンウィークには観光客らで各店舗に行列ができるほどであった。国内有数の観光地の強みを生かし、オムカレーの販売は
その後も順調に伸び続けた。一時の流行に終わらず、今日まで成長することができた理由の一つに、オムカレーは「6か条ルー
ル」によって定められているものの、ルールを守りさえすれば味付け・盛り付けなどは各店舗に任せている。プロの料理人で
ある提供店の店主たちが、縛られたルールのもとで他店と差別化し切磋琢磨したことによりオムカレーのレベルを引き上げて
いった。オムカレー誕生後から 3 年が経過した平成 21 年に提供店主体の組織「富良野オムカレー推進協議会」(以下、「協議会」
という)を設立。さらに北海道内のご当地カレーを推進する団体らと連携する組織「北海道ご当地カレーエリアネットワーク」
を設立し、道内にあるご当地カレーが一同集まるイベントやスタンプラリーを開催するなど地域(団体)間連携によるスケー
ルメリットを生かした取り組みも始めた。
協議会を立ち上げたことにより、提供店が活動に必要な資金を負担することで、財源を確保できるようになり、オムカレー
をPRするための活動の幅も広がるなど組織的な活動が展開できるようになった。協議会運営は設立当初から行政などからの
補助金等に頼ることなく独自の予算で活動を行うことができている。その仕組みは、活動資金を捻出するために提供店の年会
費のほか「6か条ルール」の中で、「オムカレーにランチ旗を立てる」ことを盛り込んでおり、協議会は提供店に対して仕入
れ値より高くしたランチ旗を販売することで、販売差益を協議会活動費として捻出している。さらに、ランチ旗の販売本数に
よって、オムカレーの販売数を把握することが可能になっている。協議会は、提供店が利益に直結する活動(オムカレーマッ
プ作成、情報誌広告掲載など)の他にも、オムカレーを地域に根付いた食文化として醸成させることを目的に、毎月 6 日(06
=オム)は「オムカレーの日」として提供店の独自サービスの実施やカレンジャー娘らと地産地消や食育に向けた料理教室、スー
パーでの試食提供、学校給食献立化などの取り組みを積極的に行っている。

インタビュー:松野 健吾 氏(富良野オムカレー推進協議会 事務局長)「人々の記憶に残り続ける「食文化」をつくりたい」

人々の記憶に残り続ける「食文化」をつくりたい
松野 健吾 氏
富良野オムカレー推進協議会 事務局長
オムカレーの活動を牽引してきた松野氏は、オムカレー成功の理由をこう語る。一つは、ご当地カレーを誕生させて直ぐに
組織化せず、時間をかけて結果が現れてから組織化を進めてきたことだ。ご当地グルメが誕生したからといって、売り上げが
伸びるか伸びないか分からない中で提供店から負担金を集めて活動を始めるケースも多いが、提供店からしたら成功するか分
からないものに負担金を捻出することに不安や抵抗もある。オムカレーの場合、補助金に依存して失敗する地域おこしのケー
スもあり、一過性の補助金に頼らないことを基本に考えていたので、誕生後は活動に必要な資金源も無く苦しかったが、最小
限の経費でメディアが取材したくなるようなイベントを仕掛けたり、ブログやメルマガなど無料のSNSによる継続した情報
発信等を貪欲に続けた結果、3年後には提供店の売上やオムカレーの知名度が高まる成果が現れてから協議会を設立したので
組織化や提供店から負担金を集める仕組みもスムーズに行われた。
もう一つは、オムカレーを通した地域活動において地元高校と協働で取り組んでいることである。ご当地グルメによる「ま
ちおこし」を提供店だけで取り組んでも、周りから見れば「提供店だけが儲かるための活動」と思われてしまう。「店の利益
でなく地域の利益・還元」を軸にした活動を通して、高校生を巻き込んだ効果は大きかった。園芸科学科の女子生徒たちで結
成される「カレンジャー娘」は、「地元の高校生が地域の人たちと協力して町おこしをしている」という話題を創出し、多く
のメディアに取り上げられた。カレンジャー娘も現在は 11 代目に入っており、初代の娘たちは 20 代後半となっている。市
内のイベントでオムカレーを提供していた「カレンジャー娘」の 1 人は「小学生の時、学校で当時のカレンジャー娘が持っ
てきてくれたオムカレーを食べた。高校に入ったらカレンジャー娘になろうと思った」と語ってくれたのが印象的だった。オ
ムカレーが目指すのは、単なる「ご当地グルメ」ではない。やがては子供の頃から慣れ親しんだ地域の味として、富良野の美
しい風景とともに、人々の記憶の中に残り続ける「食文化」になることである。
『一代で「地域の食文化」を築くのは難しい。今、自分に与えられた使命は活動の記録と軌跡を残すこと。いつかは自分ら
も活動ができなくなり衰退の一途をたどるかもしれないが、自分らの活動を紐解き、再発見する世代が現れ、リバイバルして
活動を承継、発展してもらえれば嬉しいし、夢も広がります。』と松野氏。