照葉樹林と有機農業の里づくり(宮崎県綾町)綾 町|地域活性化100

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照葉樹林と有機農業の里づくり
綾 町
宮崎県綾町

宮崎県綾町の地域の概要

綾町は、宮崎県のほぼ中央に位置し、宮崎市から約 20km の距離にある中山間地域である。総面積 9,521ha の約 80%が
森林で占められており、住宅及び農地等は一部の平野部に集中している。
町には目立った産業がなく、さらには町の大半を占める森林はそのほとんどが国有林、県有林であったため自由に木を伐
採することが許されず、林業を基幹産業とすることもできなかったため、かつては「夜逃げの町」「人も住めない町」と
さえ呼ばれた。昭和 30 年前後には町内でダム建設などの大規模治水事業が行われ、多くの関係者が移住して一時人口が
11,500 人を超えるなどの賑わいを見せたが、この事業の終了とともに人口は一時 7,300 人を割るまでに減少した。
一方で、日本最大の照葉樹林を有し、地域一帯は九州中央山地国定公園に指定(昭和 57 年)され、「日本自然百選」「日
本名水百選」「森林浴の森百選」等にも選ばれる豊かな自然がある。町は昭和 58 年に定めた「綾町憲章」の第一に「自然
生態系を生かし育てる町」という一項を入れるなど、社会的に環境への意識が高まる以前から、自然環境保護に取り組んで
きた。こうした長年の取り組みの結果、平成 24 年には綾町全域を含む宮崎県綾地域が「生物圏保存地域(通称:ユネスコ
エコパーク)」に登録された。現在、世界で約 600 地域が登録されており、国内では屋久島、大台ヶ原・大峰山、白山、志
賀高原に続く 32 年ぶり 5 カ所目の快挙であった。かつては過疎の町と呼ばれた綾町だが、現在はこうした豊かな自然環境
を求めて年間 110 万人が訪れる南九州屈指の観光スポットになっている。

取り組みの概要:照葉樹林と有機農業の里づくり

綾町では、照葉樹林の森をはじめとした地域資源を活用した産業を振興し、地域産業の延長線上に観光があるという「産
業観光」の理念を掲げている。これは、観光そのものを作り出して地域の産業とするのではなく、地域資源を無理なく生か
した産業によって町の価値を高め、結果として観光につなげようというものである。ほかにも「照葉樹林都市」「自然生態
系農業の町」「手作り工芸の里」「農村と都市との交流共生の町」「教育スポーツ合宿交流の里」をまちづくりの理念に掲げ
て様々な取り組みを行っている。
綾町の取り組みのきっかけは高度成長期の昭和 41 年。当時、町内の照葉樹林の国有林を民有化して伐採するという通知
が国から町に届いたことにはじまる。これに対して当時の町長は疑問を呈し、町民 75% の反対署名を集めて宮崎県や農林
水産省に直訴。これをきっかけにして昭和 45 年から町内の照葉樹林の国定公園指定を求める運動が始まり、昭和 50 年に
は「綾町の自然を守る条例」を制定した。昭和 57 年には町内の照葉樹林 3,002ha が国定公園に指定され、以降、町が中心
となって、数々の環境保護に関する条例等を制定。昭和 58 年には現在の様々な活動の根源ともなっている「自然生態系を
生かした町づくり」を掲げた「綾町憲章」を制定した。その後も昭和 60 年「照葉樹林文化都市宣言」、昭和 63 年の「自然
生態系農業の推進に関する条例」の制定へと続く。社会が高度経済成長期にある中、綾町はいち早く自然環境保護の重要性
に気付き、環境と産業の調和こそが生き残る道であることを気付いていたのである。
現在の綾町における環境保全の取り組みは、平成 17 年の「綾の照葉樹林プロジェクト」が核となっている。これは、産
学官が一体となって日本最大級の照葉樹林を保護するとともに、自然な方法で周辺の人工林を照葉樹に復元させていくこと
を目指した取り組みで、100 年後に広大な照葉樹林を復元させることを目指している壮大なビジョンを持ったプロジェクト
である。この綾町・国・県・民間団体が協働した取り組みは、ユネスコ等の世界的な機関からも高い評価を受けている。
産業面では、昭和 63 年に全国初となる「自然生態系農業の推進に関する条例」を制定し、全国に先駆けて化学肥料や農
薬などの合成化学物質を利用しない「自然生態系農業」「有機農業の町づくり」を推進してきた。昭和 48 年には 22 ある自
治公民館を中心に全住民に野菜の種を配布して「一坪菜園運動」を開始。「家庭菜園コンクール」等を実施して、有機農業
に対する町民の意識向上と普及を図った。
さらには、昭和 51 年には町と農協の協力によって野菜等の生産者による直売所「青空市場」を開設。生産物が直接町内
の住民に届く場を作った。これが、現在の「綾・手づくりほんものセンター」につながっており、今では全国で見られるよ
うになった農産物直売所や道の駅のモデルとなった。ほかにも「肥料供給施
設」「家畜糞尿処理施設」等の施設整備を町が積極的に推進していった。
また、綾町の農業における取り組みにおいて最も先駆的であったのは、平
成 13 年に農林水産省が開始し、現在では一般的となった「特別栽培農産物
に係る表示ガイドライン(有機 JAS)」認定に先駆けて、昭和 63 年に「自
然生態系農業推進に関する条例」を制定。「金・銀・銅」の3段階からなる
独自の「自然生態系農業認定制度」を発足。直売所で売られる農産物を認証
する仕組みを始めたことだった。これは、後の有機 JAS 認定のきっかけの
一つとなり、現在は自治体では全国で 2 つだけの「有機 JAS 登録認定機関」
にも認定されている。
また、綾町は「手づくり工芸の里」でもある。町内の至るところに工房が
あり、木工、ガラス工芸、陶芸等の工芸が盛んに行われている。綾町が手作
りの里となったのは、昭和 40 年代に大量生産・消費という時代の風潮に対
抗して、手作りの良さを追求しようと立ち上がった若い工芸家たちを町に誘
致したのがきっかけだった。現在、町内には 40 軒を超える工房があり、そ
の大半が全国からの移住者である。
昭和 55 年には当時の通産省の「工芸コミュニティモデル地域」第 1 号の指
定を受け、翌年には町内の工房が加盟した「工芸コミュニティ協議会」を設
立した。この協議会では毎年「工芸まつり」を開催して自らの作品を展示・
販売するなどしており、例年約 15,000 人を集客し、4,000 万円を売り上げ
ており綾町の一大イベントとなっている。昭和 61 年には町が中心となって、
工芸家の作品の展示・販売、染物や陶芸の体験をすることができる施設「綾
国際クラフトの森」を開設し、多くの客を集めている。
ほかにも、綾町は「教育スポーツ合宿交流の里」を掲げており、他の地域
に先駆けて、スポーツチームの合宿や教育合宿等の受け入れの体制を整備し、
滞在型観光(合宿)による地域活性化を行ってきた。毎年、プロサッカーや
プロ野球を始めとした各種スポーツチームの合宿が行われ、一流のスポーツ
選手と身近に交流することができる機会を町の子供たちに提供している。平
成 25 年には綾町で、プロアマ合わせて 351 団体、約 25,000 人がスポーツ
合宿を行い、学校等の教育合宿は 34 団体、約 2,500 人だった。町の人口の
4 倍に当たる人が綾町を訪れ、滞在することによる地域産業への経済効果は
大きい。これには、町の積極的な取り組みがあり、町長が自ら行っているトッ
プセールスに加え、地道な関係者との意見交換、地元との調整、施設・設備
等の整備などがある。
こうした綾町の地域づくりは国内外に伝わり、観光客の増加に結びつい
ているほか、毎年 400 名前後の転入があり、一時は減少の一途であった人
口だが、平成元年以降は 7,300 人程度のほぼ横ばいの状態が保たれている。
綾町の取り組みを全国からの応援する声も多く「ふるさと納税」においても、
平成 25 年度には町の住民税額を超え、全国トップクラスの 2.5 億円を集め
た。その約半数が「照葉樹林の保護や、自然生態系の事業」に使って欲しい
と回答しており綾町の取り組みに対する関心の高さが伺える。
また、長年にわたる各種の取り組みが評価され、綾町は「日本の自然百選」
「日本の名水百選」「星空のまち」「ふるさとづくり大賞」「地域づくり顕彰大
賞」など 40 を超える表彰・認定を受けている。平成 24 年には綾町全域を
含む宮崎県綾地域が「生物圏保存地域(通称:ユネスコエコパーク)」に登
録され、世界的にも注目をされる町となった。綾町における取り組みの最大
の特徴は、町と住民が一体となり、長い時間をかけて「環境保護」「有機農業」
等の取り組みが行われ、にわか仕立てではない「ほんものの地域ブランド力」
を醸成してきたことにある。

インタビュー:蓮子 浩一 氏(産業観光課課長/綾町)

綾町
産業観光課課長
蓮子 浩一 氏