島の生活と生業に光をあてた新たなビジネスの創出(鹿児島県薩摩川内市上甑島)東シナ海の小さな島ブランド株式会社|地域活性化100

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島の生活と生業に光をあてた新たなビジネスの創出
東シナ海の小さな島ブランド株式会社
鹿児島県薩摩川内市上甑島

鹿児島県薩摩川内市上甑島の地域の概要

甑島は,薩摩川内市の川内川河口から西方約 26 kmの東シナ海上に位置し、北東から南西方向に 35 kmに連なり、北
部に位置する上甑島、中部に位置する中甑島、南部に位置する下甑島の 3 つの島から形成されている。3 島で人口約 5,000 人、
離島ゆえに条件的に不利な環境にもある反面、豪壮な海食崖、特異な湖沼群、鹿の子百合の原生地、緑豊かな常緑広葉樹原
生林と、他では見られない自然景観が今でも護られている。近年、本土最寄りの川内駅への九州新幹線の開通、観光案内所
の設置、株式会社観光物産協会の発足、そして平成 26 年度には、これまで航路のなかった川内港から定期高速船が就航し、
国定公園に認定される見込みもあるなど、観光をはじめとした様々な動きがみられる。

取り組みの概要:島の生活と生業に光をあてた新たなビジネスの創出

東シナ海の小さな島のブランド株式会社(以下、「山下商店」(屋
号))の代表取締役である山下氏は、大学を卒業後、京都の和装小
物の卸会社に勤めながら、上甑島で開催されているアートイベント
「KOSHIKI ART PROJECT」の企画・運営に関わっていた。島内外
の若者有志で企画・運営されてきたこのイベントは、回を重ねるご
とに島内外から評価を受けるようになってきたが、故郷をもっと好
きになるために「本土にいながら島との関係を築いていくスタンス」
から「島にいながら本土との関係を築いていくスタンス」へと方針
を転換し島への U ターンを決意した。
平成 22 年、まずは米作りとサツマイモの生産に取り掛かった。
まったく収入が得られない時期もあり、“ 島において農業で安定し
た収入を得ることが如何に困難であるか ” を身をもって体験した。
一方、当時の甑島には甑島の農水産物を使ったお土産品がまったく
売られていないという状況であった。そこで、島の魅力をきちんと
消費者に届けたいという想いから、甑島の農水産品と加工品の通信
販売事業を主とする会社を平成 24 年 4 月に設立した。
最初に取組んだ「島米プロジェクト」では、島の生業の価値を改
めて見つめなおし、甑島の素朴な暮らしと、美しい風景を守り育て
ていくための「お米づくり」そのものに対して支援してもらうこと
を目的に、島米と干物などの加工品をギフトセットとして販売して
いる。また、農業や通信販売事業に加え、島の日常である生業の風
景と、観光客からみた非日常のモノと場をつなぐ観光ガイド事業「し
まなび」もスタートしている。
平成 25 年 5 月、古民家を改築して社屋を建設し豆腐屋を開業し
た。かつては朝早くから村の豆腐屋にザルを持った人々が集まり、
豆腐を購入するのみでなく、そこで談義が交わされるなど島の日常
的な風景として根付いており、その原風景を今の時代に再生したい
との想いが豆腐屋を開業した動機である。今では毎日朝から豆腐を
買いに来る人々が山下商店に集まり談話が交わされている。また島
内を行商することで御用聞きの役割も担っている。
当初は山下代表一人で始めた会社であったが、起業から 2 年半
が経った現在では年商 4000 万円、従業員 11 名(パート含む)と
なり、甑島の生産者を支え雇用の受け皿となる企業に成長している。
また、夏期には期間限定のバー営業、日常風景のマップづくり、プ
ライベートブランド商品の開発・販売など、次々と新しい事業を展
開しており、平成 26 年 10 月には鹿児島市内最大の百貨店マルヤ
ガーデンズに常設店を設置することとなった。平成 27 年春には、
島内の民宿を事業継承する形で運営を開始する予定であり、さらに
は旧港ターミナル跡地を利活用した飲食事業と物販事業の両輪展開
による「コシキテラスプロジェクト」もスタートする予定である。
平成 32 年には年商 4 億年、従業員数 30 人という経営目標を掲げ
る山下商店は、今後も甑島の風景を護り伝えていくために、新たな
事業を進行中である。 東シナ海の小さな島ブランド株式会社 EC サイト

インタビュー:山下 賢太 氏(東シナ海の小さな島ブランド株式会社 代表取締役)「将来の島の風景をつくっていく仕事」

将来の島の風景をつくっていく仕事
山下 賢太 氏
東シナ海の小さな島ブランド株式会社 代表取締役
島で豆腐屋を営み、島の日常の生活や風景を未来に受け継いでいく活動を実践している山下氏が語ってくれた。
▼未完成な自分でも島でがんばる姿を見てもらいたい・・・本土に住みながら携わっていた甑島の活動が対外的に評価さ
れつつあった中、島のおばあちゃんの「私は島でがんばっているケンちゃんが好き」という言葉がきっかけとなり、「何
かを成し遂げてから島に戻ろう」という考えから「未完成な自分でも島でがんばる姿を見てもらいたい」という考えに変
わり、島に戻ることを決意した。
▼島の風景である農業を応援してもらう・・・甑島の農業は、生産のみで生計を立てていくことが厳しい環境にある反面、
島の日常風景として昔から根付いてきた大切な資源である。そこで、「お米」そのものに対してお金を払ってもらうとい
う従来の考え方ではなく、米作りのプロセスをインターネット上に見える化し、「米づくりという島の日常風景を維持し
ていくこと」を応援してもらうという視点でお金を払ってもらうサービスを開発した。
▼島の食べ物がもっとおいしくなる暮らしをお米がひきたてる・・・米づくりに限界を感じ始めたころ、朝ご飯のメニュー
が、自分で作ったお米と母の作った味噌汁、近所から差し入れでもらった魚の干物と漬物であった。20 代唯一の米農家
である山下氏が米づくりをやめるということは、島の食卓から島のお米が消えるということであり、それは島の食材をお
いしく食べることができなくなるということに気付いた。そこで、島の食材をおいしく食べることができ、生産者が暮し
続けられる仕組みとして現在の通販事業を始めた。
▼人が見え、風景が思い浮かぶ商品・・・商品開発にあたっては、生産者の顔が見えるだけではなく、「生産している現
場の風景が美しいこと」についてもこだわっている。例えば「太陽のきびなごオリーブオイル漬け」は真夜中の海に一斉
に漁船の明かりがともるシーンを「キビナゴ漁における真夜中の太陽」とイメージして命名している。
▼未熟であることを前向きにとらえる・・・経験もお金も技術もないという前提からのスタートであったが、経験がない
からこそ挑戦できる、お金がないからこそ貪欲に自分がやりたいこととむきあえる、技術がないからこそ人に頭を下げて
教えてもらうことができる、「何もない」自分を否定するのではなく、「ないからこそ」がんばることのできる自分をイメー
ジしてきた。