みんなでビジョンをつくり、共有し、出来る事からやり続ける!(福井県坂井市(旧三国町))一般社団法人三國會所|地域活性化100

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みんなでビジョンをつくり、共有し、出来る事からやり続ける!
一般社団法人三國會所
福井県坂井市(旧三国町)

福井県坂井市(旧三国町)の地域の概要

福井県の三国町は、福井県の北西部、九頭竜川の河口周辺に位置する町で、平成 18 に丸岡町、春江町、坂井町と合併し、
現在は坂井市となっている。
現在は、底引き網による越前ガニやアマエビ漁などの漁業が盛んに行われる。砂丘地帯にひらかれた工業団地で化学工業
に携わる人も多い。また、周辺には東尋坊やあわら温泉などの観光資源があるため、観光業に携わる人も多く、観光入込
客数は旧三国町エリアで約 265 万人(平成 23 年年度。坂井市統計)である。旧三国町の産業別人口は第一次産業 990 人
第二次産業 3,765 人 第三次産業 7,512 人 (2005 年国勢調査 )。
三国は中世からの長い歴史を持つ「湊町」で、中世の時代に荘園年貢の積み出し港として発展し「三国湊」と呼ばれた。
江戸時代に入ると北方の産物を京都や大阪に運ぶ「北前船」にとって重要な港である「北国七湊」のひとつとなる。当時、
九頭竜川沿いには多くの問屋が軒を連ね、丘陵地には商人や職人たちが居を構えた。三国湊の発展は明治期まで続き、九頭
竜川の河口に向けて街は拡大し明治期には最盛を迎えた。
当時の町の繁栄を物語るのが、明治 12 年に町人らの出資によって建設された「龍翔小学校」で、オランダ人技師の設計
による木造 5 階建、高さ 30m の八角形の洋館は当時の建築技術の粋を集めたもので、現在、この建築は現存しないが、当
時の建築を模した「龍翔館」が高台に復元されて町のシンボルとなっている。
湊町として繁栄を極めた三国だが、明治中期以降は国鉄北陸線が開通し、物流の主流が陸上輸送へ変化したことで、街は衰
退した。なお、現在も旧森田銀行、商家の街並み、寺社仏閣をはじめとした、かつての湊町の繁栄を伝える歴史文化遺産は
多く残っている。また、かねてより近代文学との関わりも深く、三国にゆかりのある文学者には、作家の高見順や三好達治、
俳人の森田愛子などがある。毎年 5 月には湊町文化の繁栄を今に伝える「三国祭」が開催され、家の 2 階ほどもある大き
な山車が街中を練り歩く。

取り組みの概要:みんなでビジョンをつくり、共有し、出来る事からやり続ける!

近年、三国の町では、歴史的な町家建築の減少が進むとともに、空き家・空き地が増加したことで、徐々に歴史的景観が
失われつつあった。こうした課題を解決するために、一般社団法人三國會所、地元住民らが中心となって歴史的建造物や伝
統文化等を活かした旧市街地の活性化に取り組んでいる。
こうした活動のきっかけとなったのは、平成 12 年に行われたイベント「北前ストリーム」であった。
このイベントのために町商工会、観光協会、町内の団体が集結して「みくに歴史を生かすまちづくり推進協議会(協議会)」
を結成。まちづくりの専門家を招いての「三國再生シンポジウム」のほか、多くの家族連れが街中の歴史スポットを散策す
る「三國湊漫遊」などが行われた。それまで、観光客がほとんどいなかった三国の町中に 3,000 人を超える観光客が訪れた。
これによって、住民自らの歴史や文化に対する意識が高まったのとともに、外部から来た専門家や観光客らの新しい視点に
よって、町の魅力を再発見する機会となった。そして、何よりも、住民たちの中に「やればできる」という意識が芽生える
ことになった。
平成 15 年、協議会をはじめとした住民らと、三国町の出身で東京大学都市工学科の倉橋氏らの手によって、後に三国湊
町再生のバイブルとなる「三国町中心市街地グランドデザイン」が策定される。このグランドデザインの冒頭には「住民、
協議会、行政等すべてのまちづくりに関わるものが将来イメージを共有するためのもの」とあり「グランドデザイン」を作
成する過程で、住民たちが町の未来について真剣に考え話し合ったこと、住民らが目指す町の未来を「目に見える形」にし
たことで、住民らが一体となって町の再生に取り組むという気風が生まれた。「グランドデザイン」ではまちづくりの基本
コンセプトを「祭の似合うまち三国」として、旧森田銀行に拠点に周囲に広場をつくり「三国祭」で使われる山車小屋を配
置する、当時は使われていなかった歴史的建造物である旧岸名家や梅谷家を活用する、三国祭の拠点である三国神社前の広
小路を拡張してポケットパークを設けるなど、「散策して楽しい町」にする
ためにすべきことが明確に記されていた。
グランドデザイン策定以降、まちづくりに関わる数々の団体が立ち上が
り、多様な活動を始めたが、平成 24 年には大きな活動をするために協議会
と複数団体を統合し、官民の連携による「一般社団法人三國會所」が設立さ
れた。三國會所は町の中心にある古い町家を改装した「三国湊町家館(町家
館)」をベースに、まちづくりにおける様々な活動を担っている。
三國會所は主に活動別に 6 つの委員会からなる。
「創生委員会」では、三国に関係のある文学者たちと縁のある場所に文学碑
の設置(高見順、三好達治をはじめ 13 期を設置)、旧市街地内の名所旧蹟
跡地に「謂れ書き」の設置など、歴史資源を目に見える形で伝える取り組み
を行うほか、三国独自商品の企画・販売や、地元漁業者や農家と連携した「市」
を開催する。「回遊委員会」では、観光客にまちなかを回遊して楽しんでも
らう取り組みとして、レンタサイクル事業を行う。越前松島駅、東尋坊駅、
三国港駅、三國神社前駅などの主要ポイント 7 箇所に「自転車の駅」設け
て自転車 50 台を設置。利用者に地域の見所や標高差を記した地図を配布す
る工夫をしている。他に、東尋坊から眺める夕日や、川の上から眺める三国
の美しい街並みを楽しんでもらう「サンセットクルーズ」も行う。「芸能委
員会」では、三國湊に昔から伝わる盆踊り歌「三国節」を継承する活動を行
う。平成 21 年からは「三國湊帯のまち流し」という三国節のゆっくりとし
た音色や唄にあわせて踊り手たちが街並みの中を踊り流すお祭りを行ってい
る。他にも「案内委員会」は、観光客の町なかガイドを。「総務委員会」は、
広報や先進地視察などを行う。
中でも近年力を入れているのが「町並委員会」である。東京大学先端科学
技術センター所長の西村幸夫教授をホストに迎えた「西村塾」では、町屋保
存・活用について学び、全国の街並保存に携わる人々と意見交換を行ってお
り、これまでに岐阜県の飛騨古川、長野県の小布施、滋賀県の長浜、大分県
の豊後高田等との交流が生まれた。「三國湊町家活用プロジェクト」は町に
取り残された空き家を保存して入居者を募り、店舗として活用してもらうこ
とで、町のにぎわいを再生する取り組みである。東京の大学生たちと住民が
協力して進めており、第一弾の「金物店の蔵」ではすでに入居者が決まり、
古道具店を開く予定で、第二弾、第三弾もすでに始まっている。住民と大学
生いう外からの若い感性のコラボーレションに今後、期待が高まる。
今、三国では、町なかに謂れ書きが設置され、広場がつくられ、改装した
空き家に移住者が住み始めた。すこしずつだが、着実に。約 10 年前、住民
たちが描いた「グランドデザイン」に近づいている。
どこから手をつけるべきかさえ分からないほどに、課題が山積している地方
のまちづくりにおいて、まずは目指す姿を「目に見える形」にすること、そ
してそれを皆で共有すること、皆で力を合わせて実行することが重要であり、
特に三國會所のメンバーを中心に、自らが出来る事を継続して実行し続けた
こと、活動に反対する住民に対しても、行動で示し、理解を深め、活動の輪
を広げてきた。この自らが行動し続けていることの大切さを、三国の取り組
みが教えてくれているのではないだろうか。

インタビュー:大和 久米登 氏(理事長/一般社団法人三國會所)

一般社団法人三國會所
理事長
大和 久米登 氏